山猫は歌姫をめざす
狂気の様を、文字通り踊り続けることで表す。息をつく間もないほどの激しさ。
竜巻のようにくるくると早い回転を続けていても、軸足はブレない。
ヴィオラの奏でる旋律が終幕に近づくにつれ、回転のスピードがあがっていく。

そして、『赤い靴』は終わりを迎えた───。

†††††

「最後の一音、外しましたね」
「……あら。いつからそんなに意地悪になったの、シロー?」

タオルとスポーツドリンクを受け取りながら、彼女は眉を上げた。白金の髪の中からのぞいた『犬』の耳が、ピクリと動く。

「『王女』への指摘は厳しくとのマダムからの言いつけですから」

清史朗は穏やかに微笑んだ。
誰に対しても懇切丁寧な態度をくずさない彼だが、一つ年上の彼女───シェリーに対しては、口調は同じでも、なぜか親しみを感じさせる言い方をしている。
……気づく者は、少ないが。

「何か、気がかりなことでも?」

練習中ならともかく、リハーサルの段階で音を外すなど「完璧」といっていい、この『王女』にはあり得ないことだった。

首に巻いていたタオルをぱさりと清史朗に手渡すと、シェリーはくすっと笑った。

「何も。……もう一度、始めから通すわ。今度は、シローにダメ出しされないように「完璧に」ね」

片目をつむって、シェリーは舞台へ戻る。

歩くことで後ろに流れる白金髪の美しさに目を奪われながら、清史朗は再び微笑み、舞台袖で彼女を見送った。
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