山猫は歌姫をめざす
大机の向こうから、響子はくわえタバコでニヤッと笑った。目を通していた書類から顔を上げる。

「そいつぁ坊っちゃんにしちゃあ良い心配りでしたけど、慣れないことしたせいでドジっちまったってとこですかね」
「本当、ウカツだったよ!
……あ。それより、僕が前に頼んだ件、どう?」
「どうって言われても……坊っちゃん、そいつはワガママってやつですよ。いくら坊っちゃんでも、部外者を従業員寮に住まわせるわけにはいきませんからね」
「じゃ、僕もここで働くよ! それなら良いでしょ?」
「あー……」

がしがしと乱暴にハチミツ色の髪をかき混ぜて、響子がうなる。

……昔から、このアムールトラの“純血種”、薫に弱かった。その血筋以上に、顔立ちが年々そっくりになってきたのには、参った。

(性格は似てないのにねぇ)

思い出のなかの人物が頭をよぎり、響子は苦笑いを浮かべる。

「……そんじゃ、坊っちゃん。アタシと夕飯(メシ)食いに行きましょうか。ついでに、お父上の近況も教えてもらえると、有難いんですけどねぇ」

瞬間、薫はソファーから跳ね上がり、大机の響子のほうへ身を乗りだした。

「のった! っていうか、それ、交換条件だよね? 僕をここに置いてくれるのと」
「……その代わり、きっちり働いてもらいますよ」
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