神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
まるで謎かけのようだ。
地図も、あいまいな位置関係しか記されておらず、口頭の説明はさらに難解で。
正直、自分が“神獣の里”にたどり着けるかどうか、不安だった。

だが──。

犬貴は茜がくれた地図を、目にしてはいなかった。にもかかわらず「彼の地へ」と言って、咲耶を送りだしてくれた。

(犬貴は“神獣の里”を知っていた(・・・・・)んだ)

信頼に足る“眷属”は、情報規制が多すぎる。
咲耶のためを思ってのことと考えていたが、それとは別の部分で、ハクコですら知りえない『何か』秘密を握っている気がした。

けれどもいまは、そのことは二の次だ。
この行き止まりに見える先、いや見えない先。
そこに“神獣の里”の『入り口』が存在するのではないかと、漠然と咲耶は感じていた。「行けば自ずと分かる」と告げた茜の言葉にも、通じる感覚だった。

足を踏みだすと、身体中の関節がギシギシと音を立てるようにきしむ。
犬貴に“影”に入ってもらい、日常ではあり得ない動きをしていたために、肉体が悲鳴をあげているのかもしれなかった。

(完全なる運動不足だよね。身体、少しは鍛えておけば良かった)

情けない思いを抱えながらも、一歩ずつ、ゆっくりと、咲耶は崖に向かった。

雲が下に見えるほどの標高にいるのが分かる。
天上から身を投げるようなもの。(ふもと)が見えないほどの高さ。

咲耶は、眼下にある景色を前にして、急に足がすくんだ。高所恐怖症なのだ。

(見えないものを、信じる──)

頭のなかで、繰り返す。しかし、一向に恐怖がぬぐいきれない。
逡巡(しゅんじゅん)する咲耶の耳に、馬のいななきと(ひづめ)の音が近づいてきた。振り返れば、弓矢をつがえた者が馬上に見える。

「ハクコの“仮の花嫁”、松元咲耶だな? この場で射掛けられるか、手順を踏んで処刑されるか、選べ!」

狙いを定め咲耶に問う騎馬の男に、内心で突っ込む。

(なによ、その救われようのない二択ッ)

そして、もうひとつの選択肢は崖に向かい一歩踏みだすこと──どの道、命がかかっている。
ならば、茜の言葉と自身の直感を信じるより他はない。
< 102 / 451 >

この作品をシェア

pagetop