神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
見れば、白い(うちぎ)で。
咲耶はハクコの身体にかけてやった。

「あのっ、あなたは──」

次に咲耶が女のいた辺りを見やった時は、影も形もなかった。
……誰、いや、何者であったのか。

疑問に思う咲耶の唇に、何かが触れた。視線を戻せば、袿を羽織った人姿のハクコの指先であった。

「なに……?」

あれほど逢いたかったはずなのに、久しぶりに面と向かえば、気恥ずかしい思いのほうが先に立つ。

上目遣いに見返すと、感情のない美しい顔立ちの男が、いて。自分をまっすぐに見つめていた。

「もう一度、この唇で私を呼べ」

抑揚のない、低い声音。
一緒に暮らすうちに、声の響きのわずかな違いや表情の微妙な変化に、咲耶は気づくようになっていた。
……これは、何かに興味を示している時のもの。

「かずあ」

き、と、告げた瞬間、唇をふさがれた。

押しあてるように触れて、わずかに離れる唇。

「……もう一度」

ささやく声が、頬に伝わる。
咲耶は、愛しすぎるわがままを叶えるために、彼の真名(なまえ)を唇にのせた。

「和彰」

そうして、自分からも近づいて、今度は心の声として届けられるように、くちづける。

何度も、何度も──。



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