神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶は、虎次郎を客間にとめおき自室に戻って“眷属”たちを呼び寄せた。

「……って言ってるんだけど、どう思う?」
「どうもこうも、内密にってのがあからさまに怪しいだろ。つか、旦那のいない時を狙って来たみたいで、気分ワリぃし」

即座に応えたのは赤虎毛の甲斐犬・犬朗だった。頭の後ろで腕を組み、面白くないといわんばかりに鼻を鳴らす。
それに同意しながら、タヌキ耳の少年・たぬ吉が、ちらりと上目遣いで咲耶を見た。

「あ、あのっ、会うだけでいいのなら、ボクが咲耶様に“変化(へんげ)”して、行ってきましょうか?
そうすれば、良からぬ策をめぐらされても、未然に防げますし……」

最初に会った頃よりも、どもり癖のなくなってきた たぬ吉に対し、咲耶のひざ上で甘えるように寝そべるキジトラ白の猫・転々が言った。

「んー、でも、下手な小細工して“国司”さまの機嫌を損ねるのは得じゃあない気もしますよ?
あたいら“眷属”は、付いて行っちゃだめだって、言いなさってるんですか?」
「一応、お供は少数で、とは言われたわ。目立たないようにって(くぎ)も刺されたから、“影”に入ってもらうか“隠形(おんぎょう)”で付いてきてもらうかに、なると思うけど」

尊臣は、少数の取り巻きを連れて“大神社”に滞在しているだけなので、咲耶のほうも仰々しい来訪は避けて欲しいとのことだった。

「尊臣は一体なんのために、咲耶サマに会いたいって言ってきてるんだ?」
「まぁ、本当かどうかは別にして、私に正式に謝罪したいってことだけど」
「……胡散(うさん)くせぇな」
「だよね?」

犬朗が鼻にしわを寄せ、咲耶も苦笑いで応じた。

茜や闘十郎が話す尊臣像と「“花嫁”の首をすげ替えろ」発言を思えば、虎次郎を通じての申し出は、すぐには信じがたい。
そんな咲耶と犬朗の会話に、転々がくるんと身体を丸めながら口をはさんできた。

「心配するのも無理はないですけどね、お三方。
よく考えてご覧なさいな? いまの咲耶さまに害を為す必要が、いったいどこにあるって言うんですかね?」

尊臣は“神力”が扱える“花嫁”を望んでいたはず。
手のひらを返して咲耶を大事にすることはあっても、その逆はあり得ないだろうというのが、転々の考えだった。
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