神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
“影”に入っている たぬ(きち)がくすっと笑うのと、“隠形”で地中を行く犬朗が足下で噴きだしたのが分かった。

「つ、つまり、何が言いたいかと言いますと……そういう彼らに見合うように、私も、“花嫁”としての“役割”を果たしたいんです。そのためには、まず──」

気恥ずかしい告白を言いつくろい、咲耶は大きく息を吸いこんだ。尊臣(たかおみ)の使者として現れた虎次郎に、告げる。

「ちゃんと、あなたの主である“国司(こくし)”尊臣さんと、向き合わなきゃならないって、思ってます。
……この“下総ノ国(しもうさのくに)”の、人たちのためにも」

直後に吹いた冷たい風が、咲耶の頬をたたくように、通りすぎていく。
同様に、虎次郎の前髪が風にあおられ、わずかの間、その表情を隠した。

おもむろに上げた片手で髪を払い、虎次郎が咲耶を見下ろす。
細められた眼が、微笑であるとは思えないほどの沈黙ののち、虎次郎は応えた。

「──では、なおのこと、先を急ぎましょう」

止めた足をふたたび進め、咲耶をうながしてくる。咲耶が対峙(たいじ)するべき相手のいる、その先へ。





白い鳥居と、虎を思わせる一対の石像。
“大神社”の入り口が遠目に映った頃、咲耶の耳に小さな子供のわめき声が入ってきた。

「──お願いだよ、はやく……はやく父ちゃん助けてやってくれよぉっ……」
「だから先ほどから何度も言っているだろう。ここはボウズが来るような場所じゃない。とっとと帰れ!」
「なんで……っ……そんなこと言うんだよぉ……ここ、『白い虎の神さま』がいる所なんだろ!? なのに…っ……──」

咲耶は聞こえてきた会話の内容に、思わず眉を寄せた。

以前“大神社”に来た時よりも少ない、二人の大柄な衛士(えじ)と粗末な着物をまとった男の子とがいる鳥居の側に、足早に向かう。
同じように歩を進めた虎次郎が、衛士に声をかけた。

「何事ですか」
「あっ、いえ、これは……虎次郎殿、お戻りになられたか。では、早速、中へ──」
「ねえちゃん、あの時の……!」
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