神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「──父ちゃん、気づいたか? もう、平気か?」

『音』は拾えるのに、咲耶の頭のなかは『空っぽ』で。何度目かの犬朗とたぬ吉の呼びかけに、やっと口を開く。

「……うん。大丈夫……」

応えながらも、夢から覚めたばかりのような心地のなか、孝太の父親が身体を起こすのを見ていた。

「これは……いったい、どういうことだ……? あんた達は……」

不思議そうに身体をさすり、咲耶たちを見回した男親が、ハッとしたように身構える。

「な、何をしたっ……!?」
「違うよ、父ちゃん。このヒトたちは、『白い虎の神さま』の、『お使い』なんだって。おいらが、父ちゃん助けてくれって、頼んだんだ」

孝太が説明するも男親の表情は不信感があらわで、喜ぶ幼い息子を自分に引き寄せた。

「……何が望みだ」

腕のなかに子供を抱え、咲耶たちを上目遣いに見て低く問う。犬朗が小さく舌打ちした。

「……身体、もう動かせますか?」

咲耶の言葉に、男親が困惑したように見返してくる。咲耶は、ちょっと笑ってみせた。

「私は『望みを聞く側』なので、大丈夫そうなら、これで失礼しますね。
タンタン。悪いけど、この方たちを家まで送ってあげて」

たぬ吉が心得たようにうなずく。
咲耶は、面白くないといった態度の犬朗の腕を取り、来た道を引き返す。

「ねえちゃん! ありがとな!」

背中にかかる声に、咲耶は一瞬、振り返るのをためらった。

けれども、邪気のない言葉の響きに、ゆっくりと肩ごしに見れば。
孝太が元気良く手を振る姿と、男親が頭を下げているのが目に入ってきて。
ようやく、心からの笑みを浮かべられたのだった……。





「──旦那、呼ばなくていいのか?」

“大神社”へ戻る道を黙々と歩く咲耶に、犬朗がちらりと視線を寄越す。

「へ? 和彰を? なんで?」

犬朗の言いたいことが解らず、咲耶は驚いて訊き返した。
すると、「うわぁ、まだ旦那、なんも説明してねーのか……」と、犬朗が肩を落とす。

「あのさ、咲耶サマ? いま、身体しんどいんだろ? で、コレ、なんだよな?」
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