神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
コレ、と、犬朗の空いた右前足の指が、自らの左前脚を指す──咲耶の指が絡むそこに。

「うん、ちょっとだけ。ここ、道悪いし。駄目だった?」
「ダメじゃねぇけどさ。……いや待てよ。俺、ここはダメって言うべきなのか? 今度、黒いのに()いとくか……」

途中から独りごとになる犬朗の腕に頼りながら、咲耶は、歩くたびに左脚に走る妙な痛みを気にしていた。

(なんか、時々、チクッとするんだけど、なんでだろ……)

飼い猫の毛が服に付いていた時のような、痛がゆさ。転々の毛でも、付いているのだろうか?

(場所が場所なだけに、いま確認できないしな……)

「足、どうかしたのか?」

咲耶の様子に、犬朗がけげんそうに尋ねてきた。あわてて咲耶は首を横に振る。

「ううん、なんでもない。それより、和彰が説明してないことって?」

ああ、と、犬朗が相づちをうつ。
木立のあいだから漏れた陽に、片方の前足をかざし説明を始める。

「前に俺、話したよな? 俺たち“眷属”も咲耶サマも、旦那から生命力を分けてもらってる(・・・・・・・・)ってさ」
「あぁ、うん。言ってたね、そういえば」

確か、犬朗たちの食事について、咲耶が尋ねた時のことだ。

「んで、俺たち“眷属”は、もともと生命力を『糧』にして喰らっていたモノだからな。ま、その『応用の仕方』っつうのは心得てんだ。自然にな。
だから、毎日一回、旦那に名前を呼ばれて、こう、ちょんとしてもらうだけで事足りるんだ」

自らの額のあたりを軽く叩いて、犬朗は言った。

「つまり、旦那に『触れてもらうこと』が、生命力を『分けてもらえること』と同義なワケ」
「私も、そうだってこと?」
「だな。
けど、咲耶サマは俺らと違って、もともと()を喰らって生きてきたワケじゃねぇだろ?
だから、旦那から生命力を分けてもらっていても、多分うまく自分のうちに留めておけねぇんじゃねーかって、俺は思うんだ」
「……じゃあ、私ってば、せっかく和彰から生命力もらってても、無駄にしちゃってるの?」
「あー、いや、ちょっと違うな。
待ってくれよ……いま、咲耶サマにも解るようなたとえ、探すからな……」
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