神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶は、信仰する宗教をもたない。
大多数の日本人がそうであるように、正月は神社へ(もう)で、盆には寺へ墓参りに行き、クリスマスを祝ってケーキを食べる。
一神教の外国人から見れば、節操のなさすぎる典型的な日本独特の習慣。

しかしながら咲耶のなかにも、日本人の根底にあるだろう『八百万(やおよろず)の神』に対する畏敬(いけい)の念──自然崇拝的な心持ちはあった。

だからこそ、この“陽ノ元(ひのもと)”における国々に、いくつも存在する“神獣”という『神々』も、抵抗なく受け入れられるのだろうと考えた。

(まぁそれと和彰の存在は、なんか別に感じてはいるんだけどね)

そう思ってしまうのは、自分が和彰の“花嫁”であるからだろうか?
『神の獣の伴侶』と位置づけられ、“神力”という不可思議な力を授かっても、いまいち実感がなかった。

『──咲耶サマ。誰かいるぜ』


犬朗の『声』に、咲耶はハッとして周囲に意識を向ける。

小川の上にかかった橋を渡り、十数歩行った頃、前方に中年の女性が見えた。咲耶の姿に気づき、軽く会釈をし近づいてくる。

「咲耶様でございますね? お待ちしておりました。──どうぞ、こちらへ」

上品な柄の入った打ち掛けをひるがえし、咲耶をいざなう。歩き始めた背中の行く方向を不審に思い、声をかけた。

「あの。本殿に行くんじゃないんですか?」

記憶のなかの位置関係をたどり、指摘する。
すると、中年の女性は、苦笑いで咲耶を振り返った。

「失礼ながら、咲耶様のお召し物は、その……」

ちらりと向けられた視線に、自身の衣を見やれば、(たもと)が泥にまみれ、汚れていた。
“国司”という一国を預かる者と会うには、褒められた装いではなかった。

「本殿に上がられる前に、こちらでお召し物を替えていただけますでしょうか?」

高床式の小さな建物を示され、咲耶は恐縮しながらなかへと入る。

用意されていた着物は、白い袿と白地に金ししゅうの入った打ち掛けだった。
“契りの儀”に際して着たものと、同じ仕立てと生地だ。

咲耶は女性が外で待っているのを確認し、水干を脱ぎ筒袴に手をかけた。
……気になっていた左の内ももを見てみる。
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