神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《ニ》生真面目な眷属の過去

咲耶が“陽ノ元”に来てから、ふた月半ほどが過ぎようとしていた。
わけも解らず和彰の“花嫁”となり、目まぐるしい日々を送っていたためか、まだ(・・)ふた月半くらいかとも思っていたのだが。

(………………来ない)

誰が、ではない。アレが、である。
環境の変化や精神的な負荷が原因で遅れているのだろうと、最初は思っていた。

だが、“神籍(しんせき)”に入り老化現象がなくなって、食物の摂取もほぼ必要とされないといわれる身体だ。
以前と仕組みが違うのかもしれないとも考えていた。
そして──和彰と『親密』となったいま、別の要因も考えなければならない。

(やっぱり、ここは『先輩』を頼るべきだよね……)

咲耶はそう結論づけ、赤虎・茜の“花嫁”である美穂へ文をしたため、自らの“眷属”キジトラの猫・転々に託した。





「……犬貴が、送ってくれるの?」
「左様にございます。私では、ご不満でしょうか?」
「ううん。犬朗が私たちの“眷属”になってからは、犬貴が私についてくれることがなくなってたから、ちょっとびっくりしただけ。
じゃ、よろしくね」

驚く咲耶に対し、わずかばかりの自尊心を見せつける犬貴に、心のうちで咲耶は苦笑いした。

(これって……やっぱり、犬朗への当て付けなのかな?)

「……咲耶サマ。気をつけてな」

柱の影から犬朗が、芝居がかった表情としぐさで、淋しそうに声をかけてくる。
先日の『お仕置き』以来、強面(こわもて)の甲斐犬が形無しなくらい、耳も尻尾も元気がない。
咲耶は、そんな犬朗が少し哀れになり、笑ってみせた。

「行ってくるね、犬朗。留守番よろしくね」
「……っ! おう、咲耶サマ、任せとけ。土産はいらねぇからな?」
「咲耶様、参りましょう」

気を取り直したように胸を張る犬朗を、冷ややかに一瞥(いちべつ)した犬貴が、咲耶をうながしてくる。
咲耶は、犬朗に片手を振ってから犬貴の背を追い、表に出た。
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