神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
瞬間、北風が容赦なく吹きつけ、咲耶はぶるっと身を震わせた。
一応、なかに着込んではいるし、温石(おんじゃく)という熱した石を布で包んだ防寒具を懐に入れてはいるが、それだけでしのげる寒さではなかった。

「お寒いのですか? 咲耶様」

そんな咲耶を、犬貴が気遣うように窺ってきた。咲耶は軽く首を横に振り、肩をすくめる。

「まぁ……冬だもんね。このくらいの寒さ、当たり前だよね」

強がってみせる咲耶の前で、犬貴がひざまずいた。

「──咲耶様、どうぞ、お手を前へ」

意味が解らずも咲耶は、条件反射で犬貴の言葉に従い、片手を前に出した。首を傾げる。

「手? こう……?」

犬貴の前足が、差し出した咲耶の片手を包むようにして触れた。短く、犬貴が言をつむぐ。

「“東風(とうふう)──庇護(ひご)”」

ふわっという暖かくも強い風が犬貴に触れられた手の先から全身を、かけめぐるように吹いた。

風に散らされた咲耶の、肩下まで伸びた髪が落ち着いた頃には、先ほどまでの凍えるような空気は消え失せ、暖かな春の陽気が感じられていた。

「うわ……これ、犬貴の“術”のせい? すごいね……!」
「お気に召していただけたのなら幸いにございます。では、参りましょう」

感嘆の声をあげる咲耶に犬貴は事もなげに応え、立ち上がる。
颯爽(さっそう)とした後ろ姿に、咲耶は、犬貴にいだいた第一印象をふたたび胸のうちに刻んだ。

(やっぱり、犬貴は格好いいなぁ)

遣ること成すこと、いちいち様になる犬である。
それだけに色々なことが目について、もどかしい思いを抱えることが多いのかもしれない──。

「犬貴……ひとつ、訊いてもいい?」
「何なりと」

間、髪を入れずに、犬貴が応じる。
咲耶は、機会を逃してしまい、言えずにいたことを尋ねた。

「私に追捕(ついぶ)の令が下って、“眷属”のみんなで私を“神獣の里”にまで連れて行ってくれようとした時……。
あの時、犬貴は私を「()の地へ」って、さっきみたいな不思議な“(ちから)”を使って、送りだしてくれたよね?」
「……はい」
「あれね、私、ずっと気になってたんだ。だって、犬貴──」
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