神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶は大きく息を吸って、それからひと息に告げた。

「茜さんからもらった“神獣の里”までの地図、全然、見てなかったでしょ? それなのに、なんで彼の地へ、なんて私を送りだせたんだろうって」

犬貴は、黙っていた。深い色合いをした眼が、咲耶を見つめたまま、動かなかった。

「私、ちゃんと和彰に確認してないけど……。
茜さんや犬貴自身も言ってた通り、和彰は“神獣の里”で生まれ育ったわけじゃないんだよね?
ってことは、和彰は、あの場所を知らなかったはずでしょ?
そんな和彰の“眷属”である犬貴が、どうして“神獣の里”を知っていたのかなって」
「咲耶様──」

思いつめたような響きのある声が、咲耶の詰問を止める。

薄曇りの空へ視線を転じた犬貴の瞳が、愁いを映した。
遠い何かを思い返すように、ややしばらく犬貴は、晴れない(そら)を見上げていた。

「……私が言えることは、ただひとつ」

ゆるぎない落ち着いた声音でもって、ふたたび犬貴が咲耶を見据えた。

「ハク様と咲耶様の御身は、この命に代えてもお護りいたします。終生、お二方にお仕えし、忠誠を誓う所存にございます」
「犬貴、それは──」

聞きたい答えではないことに、咲耶はぎこちなく首を横に振ってみせた。
しかし犬貴は、それが正しい答えなのだ(・・・・・・・・)と信じて疑わないような眼差しを向けてきて、先を続ける。

「ふた心があって、このようにお答えするのではございません。
これは私の心の在り方……ハク様や咲耶様に関わりのない部分の問題なのでございます。
しかしながら」

乾いた風が吹き抜け、生い茂った木々が枝を揺らし、がさがさと耳障りな音を立てる。

「咲耶様の御心を惑わし、ご不快にさせるは私の真意ではございません。
私の話せる範囲でお答えするということで、よろしいでしょうか?」

咲耶は、とまどいながらも小さくうなずいた。
それは、犬貴の態度からは話したくない(・・・・・・)というより話せない事情がある(・・・・・・・・・)といった印象を、受けたからだ。
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