神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
踏み込んではならない領域を侵す……自分が、無粋で下衆(げす)な人間に、思えるような感覚をいだく。
そんな咲耶の前で、犬貴は言葉を探すように、ゆっくりとまばたきをした。

「私が“神獣の里”の在処(ありか)を知っていたのはお察しのように、ハク様を通じてのことではありません。
──ある御方を、お慕いしていたからでございます」

意外な答えに、咲耶は眉を上げた。
誰かに恋慕の情を向ける犬貴に、想像が追いつかなかったからだ。

咲耶の驚きを見てとった犬貴は、苦笑いのような表情を浮かべる。

「いえ……私の、一方的で身勝手な想いから、彼の御方を付け回していただけなのでございますが……」

重ねられた犬貴の言葉に、ますます咲耶の頭のなかは混乱をきたした。

(それって、ストーカーだったっていう告白なわけ!?)

いやいや犬貴に限って、そんな馬鹿な……と、否定する咲耶の心中をよそに、犬貴は肯定の弁を述べた。

「しつこい、と、何度も追い払われましたが、私はお側についてまわりました。
そのうちに、根負けされた彼の御方が、お側に(はべ)るのを許してくださったのです。
──その縁で、私は“神獣の里”を知りました」

「つまり……犬貴は『彼の御方』の“眷属”だったっていうこと?」

ようやく犬貴の話す内容に理解が追いついた咲耶は、改めて確認をする。

“神獣の里”は、“神獣”と“花嫁”、そして“眷属”にしか開かれていない(・・・・・・・)。茜から聞いた原則に照らし合わせれば、そういう結論になる。

「……私の個人的見解から申し上げれば、厳密には違っていたかとは思われますが……。
えぇ、そう判断された(・・・・・)からこそ私は彼の地に、足を踏み入れることができたのかと」

咲耶は、自分がどさくさに紛れて“神獣の里”の地を踏んだいきさつを思いだした。
──追捕の者に迫られ、和彰と一週間ぶりの再会と同時に、一緒に(がけ)下へと落ちていった時のことを。

あれは確かに犬貴の表現通り、“神獣”と“花嫁”であると判断されて(・・・・・)“神獣の里”に入ることを許されたように思えた。
咲耶や和彰が、直接的な許しを求めたのではないのだから、あちら側の(・・・・・)受け入れ態勢があってこそだろう。
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