神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
正確な仕組みは咲耶には解らないが、おそらく茜の言っていた“結界”が、そういう取捨選択をできる類いのものだと考えられた。

「でも……そんなふうに、その……犬貴は慕っていた『御方』の“眷属”だったわけでしょ? なのに、いまは和彰の“眷属”って──」

言いながら咲耶は、自分が本当に、触れてはいけない話題を犬貴にしてしまったのではないかと、気づく。

これは犬貴が前置きしたように、犬貴自身の私的感情に関わる部分だろう。
そこに、“主”とはいえ無遠慮に穿鑿(せんさく)するなど、あって良いものか、ためらわれた。

「──彼の御方は、すでに“役割”を終え、現世(うつしよ)には居られません」

静かな……犬貴にしては、めずらしいくらいに感情を伏せた物言いに、咲耶は申し訳ない気分で「そうなんだ」と、相づちをうつ。

「ですから、いま現在、私が真に忠誠と信義をもってお仕えするのは、ハク様と咲耶様に他なりません。どうか、そのことだけは、お疑いくださいませぬよう──」

歩みを止めた犬貴が、その場で片ひざをつき、こうべを垂れる。ひたむきで誠実な様は、いつも咲耶の胸をうつ。

(何か理由があって、隠しているんだと思っていたけど……)

犬貴にとっての大切な想いが、隠されていたのだ。咲耶は、身をかがめて犬貴の肩に手を伸ばす。

「ありがとう、犬貴。話してくれて。
疑うだなんて……そんなふうに言わないで? 私も和彰も、犬貴を信頼してるんだから。
まぁ私は、信頼しすぎて……その、知りたい気持ちが先走っちゃったんだけど」
「咲耶様……」

やるせない思いで犬貴をのぞきこむと、犬貴もまた、咲耶を見返す瞳に申し訳なさをにじませていた。それこそが、忠誠の証であるかのように。

「もったいなき、お言葉にございます。
私は……いえ、我ら“眷属”一同、貴女様の尊い御心に触れるたび、魂が震え、良き“主”様にめぐり合えた僥倖(ぎょうこう)を、感謝せずにはいられないのでございます」

大仰な犬貴の言葉に、咲耶はくすぐったい思いで否定する。
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