神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
“神獣”という虎に変わるように、実は、内緒の相談があるという咲耶の手前、チュン太などというスズメの“眷属”を装い、ずっと茜はこの部屋にいたのだろうか?
そんなふうに思う咲耶の視界の端で、小さな鳥がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。

(あ、あれ……?)

「ほら、お前がアホなコトするから、咲耶があきれてるじゃんか」
「そうなの? ……違うんじゃない?」

二人の視線に気づいた咲耶は、あわてて首を横に振る。思わず、茜を指差した。

「茜さん、ですよね……?」

動揺する咲耶を見て、美穂がポンと手を叩く。

「──そっか。ハクは、『瞬間移動』とか、しないんだよね? 人の姿でいるときは、ちゃんと歩く(・・)んでしょ?」
「え? え? え?」

美穂の言っている意味が、まったく解らない。咲耶の反応に、茜が失笑した。

「やぁね。それじゃ、ますます咲耶が混乱するわよ。
咲耶。アンタの前で、ハクは突然、現れたり消えたりはしないのね?」
「え……あの、はい」
「それ、ハクは愁月(しゅうげつ)の言い付けで、そうしているのよ、きっと」

苦笑いで付け足す茜に、咲耶の頭のなかで、過去の和彰の不可解な言動が唐突につながった。

(『師に戒められた力』って、そういうこと?)

和彰は『人として行動すること』を、愁月から義務づけられている、ということなのだろう。

(そっか……考えたら、仮にも『神』がつくんだものね)

咲耶には(あずか)り知らない様々な能力を、和彰が持っていても不思議はない。

(あ、そういえば……)

“神獣の里”にて和彰に真名(なまえ)を告げた余韻にひたったのちのこと。
我に返った咲耶は、自分のために闘十郎らや追捕の者らと相対していた“眷属”たちの元へ、駆けつけたいと思った。

一刻も早く彼らの所へ戻らなければと焦る咲耶に、和彰は、
「目を閉じろ」
と言い、そして、一瞬の間ののち咲耶は犬貴と別れた場所に移動していた。

いまにして思えば、和彰の『力』の片鱗(へんりん)を、咲耶はすでに体感していたのだ。

しかし、犬貴や犬朗(けんろう)の負傷をなんとかしなければという気持ちが(はや)るあまり、和彰の特殊な能力をありがたがりもしなかった。
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