神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
ゴロゴロ……ゴロゴロ……。
咲耶のひざに身体を寄せ、長毛のシルバーグレイの猫が、のどを鳴らしている。
「出て行けったって、ウチ貧乏で金ねーからこんなトコに住んでるんだろ? どーすんの?」
「どうするって……一応、春子姉さんに訊いてみるけど……」
「春子伯母さんかぁ。動物あんま好きじゃないカンジだよね」
「……咲耶も、それでいいよね?」
「──うん……」
咲耶のふくらはぎを枕にして寝ている、やわらかなぬくもり。
頭をなでてやると、ゴロンと身体の向きを変え、腹を出した。
──涙がにじむ。無力な自分に。
「ミーコ、元気かなぁ……」
「──え。姉ちゃん、まだ知らなかったの?」
「何が?」
「何がって……。あー、母ちゃん、まだ言ってないんだ」
「……何を?」
「んー……あのさ。ミーコ、春子伯母さんトコに行ったあと、環境になじめなかったらしくて……それで──」
──咲耶のそばでのどを鳴らした愛しい小さな獣は、もういない。
*
目もとをなぞる、あたたかな指の感触に、目を覚ました。
最初に眼に映ったのは、青味がかった黒い双眸。麗容な感情のない面が、咲耶をのぞきこむように見ていた。
「な、な、な、なに!?」
「──目覚めたのだな。ならば、椿に朝餉(あさげ)を用意させる」
言って、身を起こしたハクコの肩から、さらりと色素の薄い髪が裸の胸もとへ流れた。
(……裸!? なんで裸!? 裸の男と、一緒の布団に入ってるって、私……!)
目は覚めても頭は覚めておらず、咲耶は気が動転する。
が、すぐに昨夜の記憶がよみがえり『裸の男』はハクコという仮名の男で、自分はこの青年が変身した小さな白い虎と、一緒に寝ていたのだという事実に思い当たる。
(え? でも、寝る時は虎だったのに、なんでいまは人間で、しかも裸!?)
自分に記憶がないだけで、実はすでにこの身は『穢れなき処女』ではないのだろうか?
しかし、酒でも呑んでいれば別だろうが、人生初の情交に及んで、イタした記憶が欠片もないなどということが、有り得るのだろうか?
「あの、えっと……。私、何も覚えてないってゆーか……。あの、あなた、私の記憶のなかでは、虎だった気がするんだけど……?」
「──獣の身では、お前の涙はぬぐえない」