神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~





「──白の姫」

言って、直垂(ひたたれ)姿の若い男が、深々と頭を下げる。傍らには、馬具の装着された栗毛の馬がいた。
その手綱を従えたまま上げられた顔は、切れ長の眼をした(すき)のない美貌(びぼう)の──。

「あっ……え? なんで、あなた……さ──」

咲耶を見据え、その者はそっと唇に人差し指をそえる。秘密を共有する者に向けるような親しげな微笑を浮かべて。

「姫さま? こちら、前回の使者どのの兄君だとか。よく似ておいでですわね」

咲耶の驚きを違う意味にとったらしい椿が、ふふっと笑う。
咲耶はあいまいにうなずき返した。

「……申し訳ないが、椿殿。この場は外してもらえるだろうか?」

かたい口調ながらもやわらかな声質は、言葉通りに椿に敬意を示していた。

椿は少しとまどった様子ではいたが、そうして接する使者に好意をいだいたようで、いつにも増して可愛いらしい微笑みを残し、立ち去った。

「──沙雪(さゆき)さん、ですよね……? ちょっと、見違えました……」

てっきり虎次郎がいると思い表へ出てきた咲耶は、椿が屋敷内に戻ったのを見届けてから声をかけた。

咲耶の前に立つ沙雪は、以前に“大神社”内で会ったときとは違い、装いだけでなく体格までもが男性的であった。

ふっ……と、沙雪が笑みをこぼす。

「……(わか)と、似せておりますからね。それに」

とん、と、片方の(くつ)(かかと)を地に打ちつけ、自らの一方の肩を叩いてみせる。

「履き物には上げ底を、肩には張り()を、仕込んでおりますゆえ」

咲耶の耳に唇を寄せ、小声で告げる。近づいた沙雪の身体からは、沈香(じんこう)(にお)いが漂ってきた。

(男装の麗人、初めてナマで見た……)

去りぎわの椿が、沙雪をうっとりと見つめていたのもうなずける。
男性的でありながら、男にはだせない色気を感じさせる(たたず)まい。

沙雪のもつ雰囲気に圧倒されつつも、咲耶は彼女に問いかける。
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