神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(私に対しての言葉も、下手に期待してまたダメな“花嫁”だったらっていう、不安の表れだったのかもしれない)

心の奥底で真に望めば望むほど、手に入れられなかったときの失望は大きい。であれば、初めから期待せずにいるほうが、気は楽だ。
咲耶は、そういう心理状態になった孝太(こうた)の父親の気持ちが、解らなくもなかった。

“白い(あと)”がある自らの右手の甲を見る。刻まれた三本の白い筋。

(私のもつ“神力”の意味……)

「姫? そろそろ参りましょうか?」

沙雪の呼びかけに、咲耶は顔を上げる──自分が『白い神の獣』の代行者であること。
これから顕す“神力”によって、“下総ノ国”の民に少しでも希望がもたらされればいいと、思わずにはいられなかった。





咲耶の行動範囲は、生まれ育った『あちらの世界』でも狭いほうだった。
そして、この“陽ノ元”という世界においても変わりはなく……初めて咲耶は、街中の風景をながめていた。

歩き慣れた獣道以外の、きちんと整備された道の両脇に並ぶ店。野菜や果物、干物などを扱う、物売りの活気ある声。ときおり、何やら香ばしい匂いもただよってくる。
その通りを、貴族風な出で立ちでない老若男女が行き交う姿は、咲耶にとって初めて目にする『庶民』の姿だった。

(……なんか私、注目あびてる……?)

しかし、馬上の咲耶に集まる視線は、好奇心と猜疑(さいぎ)心を宿していた。

白い水干(すいかん)に金ししゅう、黒地に金ししゅうの入った筒袴。白と黒と金の色を同時にまとうこと。
それが、白い“神獣”と、その“花嫁”にしか許されていないことは、“陽ノ元”においては常識なのだろう。

場違いな異形の者を見るような目つきだ。いたたまれず、うつむき加減になる咲耶に、沙雪の声が制す。

「姫? うつむいてはなりません。それでは民が、いっそう不安に思います。どうぞ、その愛らしい顔容(かんばせ)を、皆の者に、見せて差し上げてくださいませ」

最後はやわらかな声音に甘さを含ませて、咲耶の耳もとで沙雪がふふっと笑う。咲耶は思わず赤面した。
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