神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(悪趣味とまでは言わないけど、これ、センス無くないのかな……?)

先頭の下男に続いて歩く沙雪の態度は、至って普通だ。
もっとも、先ほどの話の感じからすれば、沙雪は何度か『虎太郎』という男名前と男の装いで、こちらに足を運び、見慣れているのかもしれないが。

「──これはこれは、白い“花嫁”様。ようお越しくださりました。
手前は、権ノ介左衛門にございます」

横に幅のある老年期に入る少し前くらいの男が出迎えた。
直衣(のうし)姿だが着せられている感(・・・・・・・・)のある不恰好(ぶかっこう)な装いは、体型もそうだが、派手な色彩の柄と合わさって、咲耶の目には下品に映ってしまう。

「……初めまして、松元(まつもと)咲耶です」

心のうちを隠して微笑みながらあいさつを返せば、たるんだ顔の肉を弾ませて、権ノ介が笑った。

「ほぉ! さしずめ、『コノハナノサクヤビメ』様、といったところですかな。いやはや……徳のある良き御名にございますなぁ!」

咲耶を見ながら揉み手をする“商人司”の細い目は、言葉とは裏腹に、咲耶を値踏みするかのようであった。さながら、大根やスイカ、(いわし)の鮮度を見るかのように。

「ささ、立ち話はこのくらいにして、どうぞこちらに。──おい、支度はできておろうな?」

咲耶に向けた猫なで声から一転して、室内にいる使用人たちへ放つ、鋭い確認の声。
一斉に「はい、旦那様」との応えがあがったのを満足そうに見回し、権ノ介が咲耶たちを振り返った。

「サクヤ姫様。
その尊い“神力(おちから)”を顕していただく前に、是非とも手前どもが用意した海の幸と山の幸の御膳を、ご笑味くださりませ」
「──いえ、権ノ介殿。こうして姫が顕現なされたのも、民への慈悲があってこそ。お心遣いだけで、充分かと」

沙雪の遠回しのもてなし拒否(・・・・・・)に、権ノ介はわずかにその片眉をぴくりとさせたが、直後に大げさともとれる理解を示した。

「なるほど、なるほど。そういうことであれば、姫の貴重なお時間を、頂戴するわけにはまいりませぬな。
では、早速、支度を。──おい、あれを持て」

言って、権ノ介が手を叩き、ふたたび咲耶を見た。

「……いよいよ白い“花嫁”様の御力を、間近で拝見できるわけですな」

──細い目の奥に、暗い輝きが、宿っていた。
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