神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~





咲耶と沙雪が通された広い座敷には、先ほど“市”で見かけた庶民風の者たちが居並んでいた。
(へや)の中央には、布がかけられた盆が置かれている。
上座に腰をかけた咲耶たちを見届けて、権ノ介が立ち上がった。

『──……死臭がする……』

犬朗の苦い『声』に反応しかけた咲耶の前で、権ノ介が巨体を揺らしながら中央の盆へ歩み寄った。かけられた紺色の布を、取り上げる。

「これは……!」

咲耶の横で沙雪が、怒りまじりの驚きを露わにした。咲耶も、思わず眉を寄せてしまう。
──盆の上に載っていたのは、カラスの死骸(しがい)だった。

「さぁさぁ、サクヤ姫様。その“神力”でもって、コレを生き返らせていただけますかな?」

細い目を見開いて、権ノ介が笑みを浮かべる。やれるものならやってみろ、と、言われているようだった。咲耶のひざ下で、犬朗が舌打ちする。

『くそっ……咲耶サマに恥をかかせるのが狙いかよ……。咲耶サマ、アレは(けが)れだ。触れちゃなんねぇ!』

咲耶は、自らの右手が熱くなるのを感じた──“神力”が発動する兆し。

これまで咲耶の“神力”は、まだ『生』のあるモノに対して行われ、また、発揮してきた。
だが、今回の『相手』は、すでに(しかばね)と化している。

「権ノ介殿。このような振る舞いは、姫を愚弄(ぐろう)するもの。いったい、どういう了見で──」
「できません」

片ひざを立て気色ばむ沙雪の言葉をさえぎり、咲耶は毅然(きぜん)と言い放った。
室内にいた者たちの嘆きと溜息、それに嘲笑(ちょうしょう)が入り混じる。権ノ介も、やれやれといった様子で首を横に振った。

「姫……」

どこかホッとしたような表情で、沙雪が咲耶を振り返ってくる。

「私には、できません」

もう一度、室内にいる者すべてに聞こえるように、咲耶は言った。
熱くなった“白い痕”のある右手の甲を、なだめるように左手でなでる。

(死んでしまったものを、生き返らせることは、できない)
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