神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《六》相反する思い

虎次郎が駆る栗毛の『疾風』は文字通り、森のなかを風をきって疾走した。
咲耶の“影”に入った犬朗の操る白に近い象牙色の毛並みの『六花』も、負けじとあとを追う。

(明日、ぜったい筋肉痛になってる……)

いまは犬朗がなか(・・)にいるため、咲耶の身体能力が格段に上がったようになってはいるが、“影”から抜けられれば一気に疲労感がおそうはずだ。
それは、これまで何度も“眷属”たちに身体を明け渡した(・・・・・)経験から、実証済みだ。

(まぁ、前よりはマシになってるだろうけど)

持久走は好きではないが、体力をつけようと、たぬ吉や転々に付き合ってもらい、このところ毎日のように山中を走り込んでいる咲耶である。
思えばきっかけは、目の前を走る栗毛に(またが)る男のひとことだった。

──咲耶。お前の“神力(ちから)”は、脆弱(ぜいじゃく)だ。民一人を救うのに、あれほどの時間を使い、そのたびに体力を失うようではな──。

あざけりを含んだ声音と向けられた視線がよみがえり、咲耶の身が怒りで震える。

(ああっ、いま思いだしてもムカつく……!)

常に上から目線の、自分以外の者を小馬鹿にした態度。
第一印象で彼を『好青年』と判断してしまった自分の見る目のなさも、腹立たしい。

『長いものには巻かれろって言うぜ? 咲耶サマ?』

咲耶のいら立ちを感じとったらしい犬朗の『声』が、身のうちで響く。

『そりゃ何から何まで巻かれてたらナンだけどな。逆らってばかりも良いこたぁない。
だったら、とりあえず流されといて、時々逆らうくらいでちょうどいいんじゃねーの?』

それより……と、続く犬朗の言葉があきれを含む。

『コレ持ってきちまって、どーすんだ?』

象牙色の馬の腰にくくられた葛籠(つづら)に、咲耶のなか(・・)のふたつの意識が同時に向く。

「だって……あのままじゃ、いくらなんでも可哀想じゃない」
< 177 / 451 >

この作品をシェア

pagetop