神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
白い“花嫁”に対する嫌がらせの道具として使われてしまった、カラスの死骸。
それを咲耶は気の毒に思い、権ノ介に小さな葛籠を用意させ、こうして屋敷から持ってきたのだった。

『あー……まぁ、咲耶サマの気持ちは解るけどさ。俺、コレは穢れだって、言ったよな?』
「聞いた。けど、それって観念的なことでしょ? 別に私がどうこうなるってわけじゃないよね?」
『いやいや、どうこうなるかもしんねーよ? それが解らねぇから、咲耶サマに関わって欲しくなかったんだけどな』

あきらめに似た後悔を感じさせる口調。
咲耶はそんな犬朗に対し、居心地が悪くなってしまった。ごまかすように、前を行く虎次郎を呼ぶ。

「あのっ……! 虎次郎……さん!
ちょっと、止まってもらえませんかっ……!?」

声を張りあげた咲耶の何度目かの訴えに、ようやく栗毛の速度が落ちて、止まる。合わせて、犬朗が『六花』の歩を止めさせる。

二頭の馬の荒い鼻息と、足踏みをする音が、森のなかに響いた。

「なんだ、小便《いばり》か?」
「……違います!」

(しも)の心配をされ、ムッとしながら否定をした咲耶に、配慮に欠ける男の眉が上がった。

「では、なんだ。返答によっては“商人司”の屋敷での働きを、帳消しにするぞ?」
「少しだけ、時間をください。その……埋葬を、したいので」

ちらりと、つづらに目を向ける咲耶に、虎次郎が息をついた。

「……ああ。早く済ませろ」

てっきり嫌みを言われるものと覚悟をしていた咲耶には、拍子抜けするような応えだった。
早速、犬朗に手伝ってもらい、もう鳴くことのない黒い鳥を自然へと還してやる。

びゅうっ……と、冷たい風が木々を揺らし、駆け抜けた。木の葉の合間から透かされた陽の光が、墓標のない土の山をわずかに照らす。

かがみこみ手を合わせた咲耶の隣に立ち、虎次郎が言った。

「……よく、思い留まったな」
「え?」
「『再生』の“神力”を遣わなかったことだ」
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