神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《二》赤虎の招待

姿見の前で咲耶は得意げに、片手を腰におく。

(うーん、椿ちゃん、グッジョブ!)

鏡のなかに映しだされる咲耶は、着丈の短い白い水干(すいかん)に、ふくらはぎ半ばまでの黒い筒袴という装いだった。

(って。私のためを想って、用意してくれたんだよね、この着物……)

咲耶が、この世界で過ごしやすいように。

──昨晩、椿に着替えを手伝ってもらった際、
「私もハクコみたいな格好のほうが、動きやすいのになぁ……」
という愚痴をこぼしてしまったのだが、それを聞いた椿が、夜なべ仕事をしてくれたらしい。


(なんか、元の世界に帰りたいとか、言いだしにくくなっちゃったな)


深く考えずに言った自分のひとことに、すぐさま対応してくれた少女。咲耶自身、好感をもってしまっただけに、困らせることはしたくない。

心苦しさのあまり何かお返しに、自分ができることはないかと問えば、
「いいえ、姫さま。わたしが姫さまにお仕えしている以上、姫さまの望むことをするのは、当たり前のことなのです。
そのように、お喜びいただけることが、一番の褒美にございます」
と、微笑み返しされてしまったのだが。

この恩は、いつか返さねばと咲耶は心に誓った。


(椿ちゃんが私の身の回りの世話をやいてくれる人だっていうのは解ったけど。
私のワガママを、なんでも聞いてもらうっていうのとは、やっぱりちょっと違うよね)『仕事の領域』、とでもいうのだろうか?
それは、やはり分別をつけなければならない気がすると、咲耶は考えていた。

そこへ、椿から声をかけられ返事をすると、
「姫さま宛てに、文が届きました」
と、螺鈿(らでん)細工が施された漆塗りの長方形の箱を持ち、椿が室内に入ってきた。

「……私に? 何かの間違いじゃない?」

咲耶が【こちら】に()ばれたのは、昨晩のこと。知人はおろか、顔見知り程度の者ですら、皆無に近いのだ。
そんな自分に手紙を寄越す者がいるとは、考えにくい。

「いいえ。ハク様の(つい)の方……つまり姫さまにと、承りました」

やんわりと椿に否定され、咲耶は不思議に思いつつ、文箱(ふばこ)を受け取る。
ちょう結びされた、赤・黒・銀の三色を編み込んだ紐をといて、ふたを開けると、和紙が折りたたまれていた。
開くとほのかに芳香が漂い、咲耶は一瞬、良い気分になったが、直後に顔をしかめた。

(ミミズがのったくってる……)

いわゆる草書が、墨で書かれていた。
かな混じりの漢字であることは解るのだが、なんとか拾い読みしようにも、咲耶の気力は途中で燃え尽きた。
< 18 / 451 >

この作品をシェア

pagetop