神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「秩序に重きをおくならな。
そこにいる、元は物ノ怪(もののけ)である存在を、“眷属”などというものにしてしまったことを含めてだが」
「なっ……」

咲耶の怒りの沸点を、虎次郎はたやすく超えさせる。
目の端に映った犬朗は、我関せずといったようにあらぬ方向を見ていたが、咲耶はおさまりのつかない感情を吐きだした。

「それは、和彰や犬朗たちの、存在の否定ですか!」
「……そう熱くなるな。俺にとっては白虎もその“眷属”らも、不用な存在ではない」

口の端をもちあげ、笑う。
虎次郎は、咲耶の喧嘩(けんか)ごしの追及をかわし、自らの(こま)としては必要だと言い切った。

(話せば話すほど、ムカつく男だわ)

唇を震わせ、にらみつける咲耶を物ともせずに、虎次郎はつなぎ止めた『疾風』のほうへと近づく。

「用が済んだのなら、行くぞ」
「──……咲耶サマ」

隻眼の虎毛犬が、一歩も動き出せないでいる咲耶を見兼ねたように、軽く肩を叩き、うながしてくる。
犬朗の眼差しは、相手にするだけ無駄だといわんばかりだった。

咲耶は少しすねた気分になり「許す」とだけ、自らの“眷属”に返す。

応じた赤虎毛の甲斐犬が煙のようなものに変わり、咲耶の影に吸い込まれるようにして、消える。
軽い身のこなしで、咲耶は『六花』の背に跨った。

『……ありがとな、咲耶サマ』

身のうちで響く、じんわりとした、あたたかみのある犬朗の呼びかけ。

『俺の代わりに、怒ってくれて。咲耶サマは、ほんっとに保身のない御ヒトだよな。
俺は咲耶サマのそゆとこ好きだけど、あんま度が過ぎると犬貴に叱られるから、ほどほどにな?』

面白くない思いを抱えた咲耶を気遣うような、おどけた『声』。同化が伝える思念は、咲耶の(かたく)なになった心を解きほぐす。

「……だって、言われっぱなしなんて、悔しいじゃない」

咲耶にだって、本当は解っていた──虎次郎のいわんとすることを。
『ヒト』が『人間(ひと)』として暮らしているなかで、和彰たち“神獣”の特別な力が、どう作用するか。

本来なら存在しないはずの『恵み』という名の“神力”は、人の世にあっては均衡をくずし、自然の摂理に逆らうものになりかねない。
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