神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
そうと解っていても咲耶には、そこに苦しむ人がいると知っていて(・・・・・)、放っておくことなどできない。

──不自然な存在であると知っていても(・・・・・・)和彰や犬朗を否定する発言をした、虎次郎を(ゆる)せないように。

自分の内にある、相反する思い。矛盾したその考えを、虎次郎に突かれた。
……だからこそよけいに、面白くない気分になったのだ。

咲耶は、意識を前に向ける。
頬を刺すように吹きつける冷たい風と、激しく揺れる身体を感じながら、そんな自分の心と向き合うために。





どのくらいの距離を走ったのか、気づけば頭上にあったはずの陽はだいぶ傾き、森のなかにあっては薄暗くなり始めていた。

(なんの説明もないんだもんね)

虎次郎は「“つぼみ”の所へ行く」と言っていたが、そもそも“つぼみ”とはいったいなんなのか。
人の名か組織の名か、はたまた物の名か。咲耶には、皆目見当もつかなかった。

犬朗に尋ねるも「や、俺にも分からねぇ」と返され、仕方なく虎次郎の説明待ちになっているのだが──。

その時、前を行く栗毛の『疾風』が失速し始め、咲耶の乗る象牙色の『六花』も歩調を合わせた。
馬を落ち着かせながら、馬上の虎次郎が咲耶と向かい合う。

「ここからは歩いて行く。それと、赤イヌは置いていけ」
「…………なに、言ってんの?」

咲耶の堪忍袋の緒が切れた。
ろくな説明もしないまま、あげく咲耶の護衛でもある、大切な“眷属”を置いていけ(・・・・・)とは何事か。

「何を好きこのんで、あんたなんかと薄暗い山道で二人っきりになんなきゃいけないのよ! ふざけんじゃないわよっ」

咲耶の返答を待たずに、栗毛を木の幹につなぎ止める虎次郎に、馬上から怒鳴りつけてやる。
すると、何がおかしいのか、虎次郎はいきなり笑いだした。

「──……ああ、それでいい」

笑い含みで独りごつと、咲耶に馬から降りるようにと指図してきた。
納得がいかないまでも言葉に従う咲耶の“影”から、犬朗が抜け出る。
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