神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
《七》浄化──俺のために、呼んでくれ。
遠くでカラスの鳴き声がする。
咲耶は、薄暗くなりつつある森の小道を歩きながら、前を歩く虎次郎に遅れをとらないように、かといって近づき過ぎないようにしていた。
「……“つぼみ”って、一体なんのこ──きゃっ……」
さすがに黙々と歩き続けるのに飽きた咲耶が問いかける。木の根につまずいた咲耶を見下ろし、虎次郎がふっと笑った。
「……俺は、手を貸すべきか?」
「結構よ! で? “つぼみ”って何!?」
即座にはねつけ、ふたたび尋ねれば、わずかに口角を上げた虎次郎の片腕が伸びて、咲耶の手をつかんだ。
……反抗は逆効果だとさとったものの、すでに疲労のたまりつつある身体は、楽なほうへと流れた。
「“つぼみ”とは──」
高くなった斜面の上へと虎次郎が咲耶を引き上げる。そのまま咲耶の手を引き、道なき道へと入りこんだ。
「この国では“花子”になる前段階の者をいうんだ。早い話が、見習いだな」
「それで……“つぼみ”?」
「そうだ。“つぼみ”のいる庵でこの数日のうちに流行り病にかかる者が増えてな。
幼子がかかるぶんには『必要な罹患』であっても、大人がかかっては……──」
木々の合間をぬうように歩く虎次郎。連れられて進む咲耶は、すでに方向感覚を無くしていたが、虎次郎の足に迷いはなかった。
と、その虎次郎が顔を上向け、眉をひそめた。
「いやにカラスが騒ぐな……」
言われてみれば、夕暮れ時の鳴き方にしては騒々しく、咲耶も不審に思って天を仰ぐ。
が、幾重にも木の葉に覆われ、その向こうの様子は見えにくかった。
瞬間、虎次郎が舌打ちし、咲耶を抱えこむようにして地に伏せた。
「ちょっと、なにっ……!?」
背中を地面にしたたか打ちつけられ、驚く咲耶の耳に、クェーッという甲高く奇妙な鳴き声が突きささる。
次いで、砂ぼこりが立ち、咲耶は反射的に目をつぶった。
突風が吹き抜けたかと思ったが、それは何か大きな鳥の羽ばたきによるものだと、遅れ聞こえた音が伝えた。
咲耶は、薄暗くなりつつある森の小道を歩きながら、前を歩く虎次郎に遅れをとらないように、かといって近づき過ぎないようにしていた。
「……“つぼみ”って、一体なんのこ──きゃっ……」
さすがに黙々と歩き続けるのに飽きた咲耶が問いかける。木の根につまずいた咲耶を見下ろし、虎次郎がふっと笑った。
「……俺は、手を貸すべきか?」
「結構よ! で? “つぼみ”って何!?」
即座にはねつけ、ふたたび尋ねれば、わずかに口角を上げた虎次郎の片腕が伸びて、咲耶の手をつかんだ。
……反抗は逆効果だとさとったものの、すでに疲労のたまりつつある身体は、楽なほうへと流れた。
「“つぼみ”とは──」
高くなった斜面の上へと虎次郎が咲耶を引き上げる。そのまま咲耶の手を引き、道なき道へと入りこんだ。
「この国では“花子”になる前段階の者をいうんだ。早い話が、見習いだな」
「それで……“つぼみ”?」
「そうだ。“つぼみ”のいる庵でこの数日のうちに流行り病にかかる者が増えてな。
幼子がかかるぶんには『必要な罹患』であっても、大人がかかっては……──」
木々の合間をぬうように歩く虎次郎。連れられて進む咲耶は、すでに方向感覚を無くしていたが、虎次郎の足に迷いはなかった。
と、その虎次郎が顔を上向け、眉をひそめた。
「いやにカラスが騒ぐな……」
言われてみれば、夕暮れ時の鳴き方にしては騒々しく、咲耶も不審に思って天を仰ぐ。
が、幾重にも木の葉に覆われ、その向こうの様子は見えにくかった。
瞬間、虎次郎が舌打ちし、咲耶を抱えこむようにして地に伏せた。
「ちょっと、なにっ……!?」
背中を地面にしたたか打ちつけられ、驚く咲耶の耳に、クェーッという甲高く奇妙な鳴き声が突きささる。
次いで、砂ぼこりが立ち、咲耶は反射的に目をつぶった。
突風が吹き抜けたかと思ったが、それは何か大きな鳥の羽ばたきによるものだと、遅れ聞こえた音が伝えた。