神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……()かれたか……!」

いまいましそうに、虎次郎がつぶやく。直後、ゴォーッという空気を裂くような低い音が咲耶の耳に入った。続いて、生木の燃える嫌な臭いが鼻をつく。

「……なに、あれ……」

目を開けると、上体を起こした虎次郎の肩の向こうに、黒い大きな鳥が見えた。
羽ばたきひとつで旋風が吹き、木の枝がメキメキと折られ飛ばされていく。

(ほう)けるな、動け!」

咲耶の二の腕を無理やりつかみ寄せ、虎次郎が走り出す。一瞬前まで咲耶がいた辺りに、拳大の火の玉が落ちた。

訳がわからず虎次郎に引きずられる咲耶を追うように、火の玉が次々と降り注ぎ、暗くなりつつあった周囲を茜色に照らしだす。
自分たちが炎の柱に取り囲まれていると気づくのに、さして時間はかからなかった。

「……っ……なんで……、こんなっ……!」
「──“商人司”の屋敷から持ってきた死骸に『良くないモノ』が憑いて、物ノ怪になったんだろうよ。
ふん。やはりお前ら“花嫁”の慈悲は、罪悪にしかならんな」

虎次郎の視線の先は、息があがり思うように言葉がでない咲耶ではなかった。
狙いを定めるように頭上で浮遊する、カラスに似た双頭の大きな鳥をねめつけている。
懐から、青銅色の(さや)に包まれた、小刀らしきものを取り出した。

「……付属でも、あの程度の物ノ怪には充分だろう」
「え?」
「動くなよ。ヤツの狙いはお前だ──そこを、断つ」

欲しい状況説明は相変わらずもらえない。

咲耶は、奇声をあげる怪鳥と、鞘を払った白銀の刃を(はす)に構える虎次郎を、代わる代わる見つめた。
そこへ、二つ頭の黒い鳥が身体をしならせ、咲耶のほうへと勢いよく突っ込んでくる。
大きく開いた二つのくちばしが、咲耶の目前に迫った刹那──断末魔をあげ消滅した。

「……消えた……?」
「──問答無用の“浄化(じょうか)”だ。さて、残るは『炎の(おり)』か。どうしたものかな」

黒く変色した小刀を鞘にしまい、虎次郎は明日の天気を占うかのように独りごちた。

咲耶たちを囲う火の手は徐々にせばまり、冬場とは思えない汗が、咲耶の額ににじむ。その時、頭上で稲光が閃き、轟音が鳴り響いた。
< 184 / 451 >

この作品をシェア

pagetop