神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……椿ちゃん。悪いけど、要約してもらえる? できるだけ短く」

三十路間近の自分が、十代半ばの少女に解読を求めるのは、恥かも知れない。
だが咲耶は、解らないことを解ったようなふりをするのは、性に合わなかったのだ。

椿は、そんな咲耶を馬鹿にしたりあきれたりするような素振りはつゆほども見せなかった。
丁重に咲耶から受け取った文に目を通すと、わずかなのちに言った。

「──セキ様と、セキ様の対の方様からの文で、屋敷に招きたいので都合の良い日を教えて欲しい、と、あります」
「セキ様って……赤虎(せきこ)ってコト?」

朝食後、少しだけ椿から聞かされた話によれば。
この国──“下総(しもうさ)ノ国”には、三体の“神獣”がおり、ハクコの他に、赤い虎の赤虎、黒い虎の黒虎(こくこ)が存在するという。

儀式の直前、咲耶の前に現れた少年が黒虎──名は闘十郎(とうじゅうろう)というらしい。
二十歳前後の美女は、黒虎の“花嫁”百合子(ゆりこ)だろうと、椿が教えてくれた。

「お返事は、いかがなさいますか? 姫さま」
「うーん……。実は、ちょっと会ってみたいかななんて、思ったりもするんだけど。……椿ちゃん、どう思う?」
「そうですね……。
わたしも、直接お会いしたことはないのですが、セキ様の“花子(はなこ)”であるお(きく)さんから聞いた話からすれば、姫さまの害になるようなことは、ないかと思われます」

椿によると、“花子”というのは“神獣”と、その“花嫁”の世話をする者をいうらしい。ちなみに、魚類の『穴子』と同じ発音をしている。

自分と同じく【ここではない何処か】から、喚ばれてしまった“花嫁”。咲耶にとっては、いわば【先輩】にあたる人物が、屋敷に招きたいと言ってくれているのだ。
できるなら、会って、話をしてみたい。

「じゃあ、今日これから会ってみたい! ……なんていうのは、ムリかな、やっぱり」

冗談半分に咲耶が言うと、椿は手もとの文を一瞥した。

「あちら様は、姫さまのご都合がよろしければ本日でも構わないとも、おっしゃっておられますが」
「そうなの?」
「はい。──では、そのように、使者どのにお伝えいたしますか?」

軽い驚きも束の間、椿が言いつないだひとことに、もう一度、咲耶は驚かされた。

「え……えっ? 使者どのって……ひょっとして、いま現在、私の返事を待ってる人がいるの?」
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