神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「私はお前にいつでも呼べと言ったはずだ。お前に災厄が訪れなくとも」

重ねられる言葉に、咲耶は自覚した苦い想いを打ち明ける。

「だけど……和彰は、『神様』なんだよね? 私、いままであんまり実感わかなくて……だから、和彰を呼ぶこと、簡単に考えてたっていうか……」

商人司(しょうにんつかさ)”の屋敷で、咲耶にひれ伏した民人(たみびと)たち。
彼らの姿を見たとき、咲耶は改めて、自らが白い“神獣”の“花嫁”であること──その代行者であることの意味を、考えさせられた。
咲耶が扱う“神力”に対しての敬意は、ひいては和彰という『白い神獣』への感謝だ。決して、咲耶自身を敬っているわけではない。

(まさに、虎の威を借る狐って感じ……)

自嘲(じちょう)的な気分だった。
自分の力ではないと解っているだけに、彼らから向けられる敬服を、素直に受け入れる気分にはならなかったのだ。

「お前にとって私が『神』という存在で、そのことによって私を呼ぶのをためらうというのなら、私は『神』でなど、いたくない」

めずらしく感情を露わにした和彰の言葉に、咲耶は、はっとさせられた。
目を上げて和彰を見返せば、行き場のない孤独な魂をかかえた瞳が咲耶を映しだしていた。

「私は……お前に必要とされ、お前と共に在るモノでいたいのだ」

切々と届く、低い声音。

誰かの支えが欲しくなるほどに、咲耶の胸は打たれた──支えてくれる相手は、目の前にいるのに。

咲耶は、自らの胸もとを押さえこむ。咲耶と和彰をつなぐ、目に見える“(あかし)”が刻まれた、白い“痕”のある右手でもって。

(私は……白い“神獣”の“花嫁”で、代行者だけど……)

その前に、ただの『(ひと)』だ。

授かった“神力”に恥じない自分でいなければと思うあまり、咲耶は大切なことを忘れていたのかもしれない──。

何も言えないでいる咲耶とは逆に、和彰の口からは(せき)をきったように言葉があふれていた。

「仮に私が他の者にとってそうであったとしても、お前にだけは、そう思って欲しくはない」

──咲耶が忘れていた大切なこと。
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