神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
ちょうど戸口から人が出てくるところで、大小の人の姿が見えた。屋内の灯りの逆光で、顔ははっきりとは判らない。
大きな人影は編笠(あみがさ)を被り、白い着物に右肩を出すようにして掛けた黒い布をまとっていて、咲耶に僧侶を思わせた。

「法師さま。もう行かれてしまうのですか?」
「キヌ殿も、大分よくなられたようだ。これ以上の長居は、却ってぬしらのためにならなかろう」

幼い少女の残念そうな問いかけに、壮年の男の声が応える。
こちらに向かい歩きかけ、咲耶たちに気づいたようで軽く頭を下げすれ違って行く。

ふいに和彰が、咲耶を隠すように自らの背に追いやった。いぶかしく思った咲耶は、なにげなく僧侶風情の男に目を向けた。

笠の下からのぞく、ぎょろりとした大きな目。咲耶と目が合うと、笑ったようにも見えた──とても奇妙な笑みで。

(なに……?)

背筋に気味の悪いものを感じた咲耶は、思わず和彰に寄り添った。

「──……お前も感じたのか?」
「え?」

遠ざかる黒衣の男を見送って、和彰が声をかけてきた。
咲耶は和彰の言いたいことが解らず、長身の美貌の主を見上げる。

「あの者からは、(よこしま)な『気』が感じられた。お前に害を及ぼす者かもしれぬと思い、背に隠した」

難しそうにひそめられた眉に、先ほど自分が感じた嫌な感覚を否定したくなり、咲耶はわざと茶化してみせた。

「やだ、和彰ってば。私がそんなに、モテるとでも思っているの?」
「……お前は、自分には価値がないと言いたいのか」

切り返された声音は、言外に否定を含んでいた。

呼応するように、咲耶の脳裏によみがえる、いつかの和彰の言葉。──お前は我らにとって、かけがえのない存在なのだ、と。

「犬朗が己の身を犠牲にしてまで特殊な“結界”の内に入ったのは、お前の為だ。
身をけずり力を弱めたが為に、お前を護れぬと悟り私に頼むと告げたのも、すべてはお前の身を案じたからではないのか」

和彰の言葉は正論で、偽りがない。真っすぐな指摘は、咲耶に反論の余地を与えなかった。
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