神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
和彰や“眷属”から寄せられる想いが、咲耶という『個』を大切にしてくれているのが、解るだけに。

そこにあるのは“下総ノ国”の民から注がれる眼差しとは違い、“花嫁”であるとか“神力”が扱えるという理由からの『価値』ではない。
咲耶がただの(・・・)咲耶であっても『価値』を見いだしてくれる者たち──。

「……うん。そうだよね。ヘンなこと言って、ごめんね、和彰」

犬朗の傷ついた姿を思いだし、泣き笑いになった咲耶を、とまどったように和彰が見下ろしてくる。

「なぜそんな顔をするのだ。私の言ったことはお前を悲しませることなのか?」
「違うよ、逆。和彰や、“眷属(みんな)”の気持ちが嬉しいの」

物事の道理は解っても、人の心──とかく女の複雑な心理が解らない白い“神獣”。
だが、それすら飛び越えて、咲耶の心に近づく(すべ)をもっている。

「……和彰のそういうとこ、好き」

白い水干の端をつかんで告げると、さらに和彰は困惑したように眉を寄せた。

「……ここでは駄目だと言ったのは、お前だ。そのような睦言で私を惑わすな」

わずかに染まった和彰の頬に、咲耶がくすっと笑った時、幼い少女の声が割って入った。

「あ、あのっ……。おそれながら、白い“花嫁”さまにございますよね……!?」

ためらいながらも興奮した口調に、咲耶はあわてて少女に向き直った。

(しまった! また本題からズレてたよ、私!)

幼い少女の前で『ふたりの世界』に入っていた自分を反省しながら口を開く。

「夜分に来て、ごめんなさい。
こちらで、(いおり)を預かってる方の具合が悪いって聞いてきたんだけど……会わせて、もらえますか?」
「“庵主(あんしゅ)”さまに、ですか?」

パチパチとまばたきをする少女に、咲耶は自分が名乗りもせずにいたことを思い、言い直す。

「あ、えっと、私は松元咲耶っていいます。
虎次郎さんから事情を聞いて、差し出がましいとは思うけど、その……“庵主”様? の身体を楽にしてあげられたらと思って。
なかに、入れてもらえますか?」
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