神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶の問いかけに、少女は急におろおろと落ち着きがなくなった。

「ええと……“庵主”さまは……な、なかに入られるのですか? その、あっ……し、しばしお待ちを!」

勢いよく頭を下げ、少女は庵のなかへと戻って行った。





ややしばらく待たされた咲耶たちを出迎えたのは、年の頃は三十半ばくらいの褐色の肌の女性であった。

「このような荒屋(あばらや)に、私のような者のためにお越しいただき、恐縮にございます」

平伏したまま告げる“庵主”──キヌに、あわてて咲耶は、顔を上げるようにと応じた。
わずかな間をおいて上げられた顔は、彫りが深く、咲耶が元いた世界での異国の地の者を思わせた。

キヌは、両隣と後方にいる“つぼみ”たちの名を呼び、面を上げさせる。

「あの……お加減は、もうよろしいんですか?」
「えぇ、この通り。わ……虎次郎殿に、余計な心配をかけさせてしまいました」

苦笑いを浮かべる頬には多少のやつれが窺えるが、無理をしているようには見えなかった。
けれども、表に出てきた少女・ツネの態度を思いだすと、病み上がりで大事をとって()せていたのかもしれない。

(に、しても。「わ……」とかって、言いかけてたよね)

沙雪と同じく、虎次郎という人物が萩原(はぎはら)尊臣であると知る一人のようだ。何やら、複雑な心境にならなくもない。
咲耶は急に、夜分に押し掛けた自分たちの存在を、ばつ悪く感じてしまった。

(……まさかコレ、あいつの嫌がらせだったりする!?)

何度もこけ(・・)にされてきただけに、そんな疑いを虎次郎に向けかけたが、さすがに考えすぎだろうと、改め直す。

「咲耶様、ハク様。よろしければ、夕餉(ゆうげ)を召し上がっていかれませんか?」
「へ? ……ああ、えっと、ご好意は嬉しいんですが、椿ちゃんが用意して──くれてるよね?」

言いかけて思いだした咲耶は、隣の和彰の顔をちらりと見やった。

「無論。お前がいらぬと言わぬ限りは支度をするのが“花子”の務めだ」
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