神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
無表情な肯定を受け、咲耶はまたしても、己の手落ちを反省する。

(椿ちゃん……心配してるよね……)

夕食の時間を過ぎても戻らない“(あるじ)”に、気をもんでいるだろうことを思うと、申し訳ない気分になった。
そんな咲耶の様子を見つめ、キヌが口を開く。

「椿は、お役に立っておりますか?」

穏やかな問いかけに、咲耶は思わず(みどり)色の瞳を見返した。
キヌが、微笑む。

「あの子に“花子”のいろはから教え、名を授け送りだしたのは私なのです」
「そうなんですか? 椿ちゃんも……このくらいの年齢から、こちらで?」

“花子”の見習いだという“つぼみ”。ツネを始め、少女たちの年の頃は七八歳くらいだ。
咲耶の疑問の正体を見抜いたように、キヌは軽くうなずいてみせた。

「椿もそうですが、この者たちも口減らしのため庵に連れて来られたのです」

キヌによると、貧しい者が少しでも食い扶持(ぶち)を減らすのを目的に、奉公にだされること。
“つぼみ”たちが幼いのは、民の懐事情が、まずひとつ。

もうひとつは『神の獣』という特別な存在と、『異世界の者』である“花嫁”や“花婿”に対し、偏見のない状態での教育をするためらしい。

「もちろん、皆が皆、“花子”になれるわけではありません。
この国に居られる“神獣”様は、三体。巡り合わせも、ございますからね」
「巡り合わせ、ですか」
「えぇ。“つぼみ”が“花子”になるには、大きく分けて二つの機会がございます。
一つめは、“神獣”様が“国獣”の地位に就かれたとき。二つめは、“花子”に就いた者が任を解かれたとき。
このうち二つめに関しては、相性と寿命によるものですから」

なるほど、それが巡り合わせということかと咲耶は納得し、ふと思いついて問いかける。

「じゃあ、極端な話、“神獣”と“花嫁”、どちらかと反りが合わなくて解任、なんてのも──」
「ございますね。……当代のコク様たちの“花子”は、二人目ですし」

キヌの苦笑いに、咲耶もつられて引きつった笑みを浮かべる。

黒虎(こくこ)闘十郎(とうじゅうろう)の“花嫁”、百合子(ゆりこ)の気性を思いだしたからだ。
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