神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「“神獣”様も“対の方”様も、それぞれにご性質が違われるように、“花子”にも気質がございますからね。
だからこその巡り合わせ──ご縁というものでしょう」

キヌの言葉に、咲耶はしみじみとうなずいた。

「確かにそうですよね……。私は、椿ちゃんが私の“花子”だったから、この世界になじめたような気がします」

右も左も解らず。
今でこそ和彰を頼ることもできるようになったが、“契りの儀”の直後は、何をどうしていいのか途方にくれたものだ。
それを椿が、文字通り手取り足取り教え、屋敷まで導いてくれた──。

咲耶の言葉に、キヌは母が子を想うような笑みを見せる。

「咲耶様にそのように言っていただけるとは……あの子も“花子”冥利に尽きるというもの。
よき働きをしているようで、安心いたしました」

咲耶は大きくうなずいて、隣の和彰を見る。

「えぇ、そりゃあもちろん! ね、和彰?」
「椿は有能だ。常に先を読み行動できる」

淡々とした口調だが、だからこそ真になる響きをもつ。
咲耶とその伴侶の同意に、キヌが異国の地の者を思わせる瞳を、おもむろに伏せた。

「……どのような姫様がいらっしゃるのでしょう。私、気に入ってもらえますでしょうか」
「え?」

告げられた意味が解らず、咲耶は目をしばたたく。
キヌの翠色の眼が、ふたたび咲耶を映した。

「この庵を去るとき、あの子が私に申したことです」

遠い昔を懐かしむような眼差しで、キヌは先を続ける。

「私があの子に返したのは、ただ“主”様の心に添うことだと。
一言一句、聞きもらさずに、“主”様が何を望んでおられるかを考えなさいと。そう助言いたしました」

そして椿はキヌの教えの通り、咲耶の一挙一動に心をくだいてくれた。

──咲耶が身にまとう白地に金の刺しゅうがほどこされた水干と、黒地に金刺しゅうのある筒袴に象徴されるように。

咲耶は、自らの衣に指を伸ばし、竹を思わせる図案の刺しゅうに触れる。
神紋(じんもん)』と呼ばれるそれは、各“神獣”固有のもの──そして、“花子”が手作業で縫いつけるものだと、咲耶は以前、セキコ・(あかね)から聞いていた。

(私が言った何気ないひとことを、聞き逃さないでいてくれた……)
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