神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
ハンカチで目もとを押さえ、鼻をすする。
(家に帰るのも、億劫なんだけど……)
店で売れ残った生菓子類は、『試食をする』という名目で、従業員が持ち帰ってもいいことになっていた。
咲耶は、今日持ち帰ってきたなかから、シュークリームを取り出す──腹が減っていた。
車内の暗闇で、マナーモードになっている携帯電話が振動し光った。
シュークリームを片手に、そちらに目をやる。
自宅からだ。おそらく母親だろう。
(……もうっ、勝手にすればいいのに……!)
投げ遣りな気分で携帯電話から視線をそらし、シュークリームにかぶりつく。
意地でも出たくなかった。
「あいつに子供ができたんだ。だから、結婚するよ、オレ。
でさ、このボロい家に住むのもなんだし、中古の一戸建てでも買って、そこに住もうかと思ってるんだ。
母ちゃんは……まぁ、オレ長男だし面倒みるつもりだけど、姉ちゃんは一人でなんとかしてよ」
「わ、私だけ仲間外れな訳!?
だって三人で……うちは、お母さんとあんたと三人で、今まで頑張ってきたじゃん!
なのに、なんで私だけ、のけ者にするのよ!?」
「あいつにとっちゃ、姑だけでもウザイのに、このうえ、姉ちゃんっていう小姑までいたら、頭おかしくなるよ、きっと。胎教にもよくないだろうし」
「そんなっ。私、イジメたりなんか、しないよ? あんた私が、そんな根性ワルだと思ってたワケ!?」
「あ~……とにかく、今日、帰って来たら、よく三人で話そうよ。
だけど、とりあえず、そういう方向で話もっていくからさ。じゃっ」
──それが、朝、四つ違いの弟と、出勤前に交わした会話だった……。
(私ひとりだけ、あのボロ家で暮らせっていうの……?)
ゴキブリはもちろんのこと、クモやムカデが出る、築数十年にはなるだろう市営住宅。
収入に応じての家賃は、フリーターである咲耶には有り難いが、雨漏りはするわ、床は抜けそうにきしむわで──段ボール生活者よりはマシ、という家だった。
携帯電話が、ふたたび耳障りな振動音を立てた。
今度は、メッセージのようだ。
『当日、受付もよろしくね(^o^)v』
咲耶は、大きな溜息をつきながら、昼間届いた友人のメッセージを読み返す。