神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「はい。お待ちです」
「うわ、そうだったんだ。じゃ、早く返事してあげないと……」

人を介在しての手紙のやりとりは間接的な郵便くらいしか経験がなく、直接、人から人への受け渡しをすることの意味に、ようやく気づく。
人を待たせるというのは、長年の販売経験から苦手なのだ。

「あっ、姫さま……!」

あわてたように椿が声をかけてきたが、その椿のおかげで、いまの咲耶はゆうべとは違い、軽快に歩ける。使者らしき者を求めて屋敷を歩き玄関にたどりつく。

(──ん?)

履き物を脱ぐ石段に腰かけた後ろ姿は、やけに毛深い。……というより、赤い法被(はっぴ)からのぞく頭と腕は、どうみても──。

(猿、じゃない!?)

咲耶の気配を感じたのだろう。【その者】は、おもむろにこちらを振り返った。ニホンザル、が、服を着ている。

「おっ。咲耶さまにござりますね? あっしは、セキ様の“眷属(けんぞく)”で、名は猿助(さるすけ)と申しやす。
夕べは滞りなく儀式を終えられたそうで、ようごさんした。ハク様にもお祝いを述べたいところでやんしたが、お留守とうかがい、残念無念。
と思いきや、対の方さまには、せめてひとこと──」

ぽかんとする咲耶の前で、サルが頭をかきながら、人語をしゃべっている。
奇怪な状況に、咲耶は、やはりこれは夢なのかもしれないと思い、呆然とその場に立ち尽くしていた……。





「では、その旨、しかと承りましてございやす。──御免!」

言うなり、法被を着たサル……もとい、猿助は、煙のように消え去った。
あとには未だ事態がつかめず放心状態の咲耶と、猿助の機関銃のごとき一方的な話しっぷりに閉口しつつも、咲耶の代わりに返答してくれた椿が残った。

「……驚かれているのですね、姫さま?」
「え? いや……だって、サルが服着て話してるって、なかなかシュールっていうか……」

しゅうる? と、首を傾げたのも束の間、椿はいたずらっぽく笑って咲耶を見上げた。

「姫さま。姫さまは、“神獣”の御姿(みすがた)にお戻りになったハク様をご覧になっているはず。そう驚かれることでは、ないのではありませんか?」
「うん。あれはビックリしたけど。私、驚きよりも、嬉しさが先に立っちゃったんだよね。
だってホワイトタイガー……あ、白い虎ってめずらしいし、それに好きだから」
「まぁ……!」
< 20 / 451 >

この作品をシェア

pagetop