神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
急に咲耶は、椿の待つ自分たちの屋敷に戻りたい衝動にかられた。

「あ、あのっ。こんな風に押しかけておいて失礼かと思いますが、私──」
「はい。お帰りになられるのですね?」

心得たように微笑むキヌに、咲耶は、申し訳ない思いと心情を察してくれた気遣いに、深々と頭を下げた。





「急ぐのか? ならば、すぐに屋敷に戻ろう。私の手を取れ」

あいさつもそこそこに、“つぼみ”の庵をあとにした咲耶を追い和彰が声をかけてきた。
足早に歩きだしていた咲耶は、歩を止めず和彰を振り返る。

「和彰の『力』を遣ってくれるってこと? それはダメ……っ……──」

暗い夜道の足場の悪さにつまずきそうになったが、和彰のおかげで難を逃れた。

「また『駄目』なのか?」

咲耶の腕をとった和彰の眉が、ひそめられる。自分に引き寄せた咲耶を見下ろし和彰は溜息をつく。

「お前は私を必要だと言った。……だが一向に私は、必要とされてないように思える」

不満そうな低い声音に、咲耶は少し考えてから口を開いた。

「和彰は必要だよ? だけど、そういう……和彰を頼って、自分のできることを楽に済ませるっていうのは、駄目なの。私は、人間だから」

咲耶のひとことに、和彰の顔が強ばった。

「それは、私とは違う(・・)ということか?」
「じゃなくて! 私は人間だから、楽なほうに流されやすいってこと」

強くかぶりを振ってから、青みがかった黒い瞳をキッと見据える。

咲耶は、自分が流されやすい性質なのを、嫌というほど知っている。
和彰のもつ『力』を利用して物事を進めれば、二度と『楽でない道』を選ばなくなるはずだ。
そういう生き方は、したくはない。和彰は、咲耶の『道具』ではないのだから。

「和彰が、大事なの。私の都合で、利用したくない」

言い切って、ふたたび咲耶は歩きだそうとする。しかし、その身は直後に、和彰に抱き寄せられていた。

「──お前に利用されることが私の存在する意義(・・)なのだ。それが、なぜ解らない?」
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