神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
いらだちともとれる、早口な問いかけ。こんな風に感情をむき出しにする和彰を、咲耶は今日、何度見ただろう。

「お前が私を呼び寄せた(・・・・・)のは私の力を欲したからではないのか。私に願いを……叶えて欲しかったからでは、ないのか」

仰ぎ見た和彰の真剣な表情に、咲耶は息もつけなくなった。何も持たないはずの自分を、いつも求めてくる強い光。

和彰の手のひらが、咲耶の片方の頬に触れる。ひんやりとした冷たさとは真逆の魂に宿るもの。
咲耶に相対する時に、和彰が見せつける、痛いほど真っすぐな想い。

「私に……お前の願いを、叶えさせてくれ」

向けられるひたむきな眼差しとかすれる低い声音は、咲耶の心を御していたものを容易にこわした。

(ああ、やっぱり私ってば、流されやすい……)

自分の意志の弱さを認めながらも、寄せられる好意を無下にもできない。
そして、思い返せば最初から、咲耶は和彰の言うことに逆らえないでいた。

「……和彰って、私を駄目な女にする天才」

上目遣いにぽつりとつぶやく。すると、即座に否定の問い返しがきた。

「お前のどこが駄目なのだ?」

不思議そうに見返してくる瞳が咲耶を捕えて放さない。それこそが、咲耶を『駄目な女』にする証明───。





暗闇に浮かび白く光って見えるのは、椿が今朝方に活けてくれた菊の花だろう。かすかに香る花の匂いに、息をつく。

「……ありがと、和彰」

自分たちの屋敷──咲耶の部屋に戻ったのを実感し、咲耶は寄せた身を起こした。

「いましばらくこのままでいては駄目か?」

背に回された腕に力がこもる。離れたくないという意思表示に、小さな子の我がままを聞くような気分で笑う。

「……ちょっとだけ、だからね?」

繰り返し「ダメダメ」と言い続けた身としては、もうこれ以上、断りきれなかった。
何より咲耶のほうが、和彰から寄せられる想いに応えたい気持ちがあった。

(少しだけならいいよね……?)

触れて、伝えて。
「必要だ」と告げた言葉に偽りのないことを、和彰自身に解らせたくなったのだ。

衣擦れと息遣いに、室内の冷えた空気があたためられていく。
少しだけ、という自身の(かせ)は、ふたりで過ごす時間の前ではないも同じだった。
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