神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……転々……!」

咲耶の“影”にいたはずのキジトラ白の猫が、仰向けになって肢体をくねらせているのが目に入った。

苦しむ“眷属”に腹這(はらば)いのまま近づこうとした咲耶の前で、わらじの足が転々の身体を無造作に蹴り飛ばした。

「転々っ」

地面に這いつくばった状態で見上げれば、黒衣の男が憐れむように咲耶を見下ろしていた。
……男の身体から、沈丁花の香りが強く漂ってくる。

(むくろ)を増やすおつもりか、白い“花嫁”殿。確か、サクヤ姫と申されたか。
『再生』の“神力”は遣わぬと言いながら、周りのモノの『治癒』は厭わぬと聞く。

ふむ、我には道理が解らぬのだが。『再生』も『治癒』も、自然の摂理に反した行いであろうに」

咲耶の抱えた矛盾を、男は淡々とした口調で断罪する。

いっそう強くなる芳香は、もはや咲耶にとっては「良い香り」でなく、吐き気を覚えるものとなっていた。

「ならばいっそ、白い“神獣”の“花嫁”として、その名に(たが)わず『神の女』として振る舞われたらよろしかろう。
──その身にあるは、人外の“神力(ちから)”。ぬしは、もはや人間(ひと)ではないのだから」

告げた男の手が、咲耶に伸びてくる。
めまいがひどく、嘔吐(おうと)しそうな身体にあらがい、咲耶は必死に唇を動かした。

「かず、あき……」

呼びかける、愛しい者の真名。
側に来て、助けてくれと、咲耶は願う。

だが──。

和彰は姿を現してはくれず、そうして咲耶は、深い闇のなかへと囚われてしまったのだった……。




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