神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「すまないじゃなくて、私は理由を訊いて──」

言いかけた咲耶の唇が、答えを要しない想いのこめられた唇によってふさがれる。

言葉よりも雄弁に、咲耶に伝わるもの。
申し訳なさよりも、出逢えた喜びが。
せつなさよりも先に、狂おしいほどの愛しさが。
そして、ほんのわずかに感じられる今ふたたびの別れの兆しに。

「……かずあ……」

あえぎながら告げかけた咲耶しか呼べない(・・・・)真名は、和彰本人の強引なくちづけによって、のみこまれてしまう。

まばゆいばかりの白い世界にあって、和彰の息遣いを感じるたび咲耶の眼裏(まなうら)に光が弾けた。

やがて、まぶたを開けた咲耶の視界に映ったのは、野に咲き乱れる花の数々。
薄紅色、群青色、山吹色……いろあざやかな花々が、咲耶と和彰を取り囲んでいた。

「──なに、ここ……どこ……?」
「お前の夢の中だ」

事もなげに言う和彰を、咲耶はぽかんとして見上げた。

「私……夢を見ているの?」
「そうだ」
「……じゃあ、和彰は……偽物なの? 私が夢のなかで、和彰の姿を期待して見ているだけなの?」

甘い気分から急に(しお)れた気持ちになりつつも、咲耶は指を伸ばして和彰の頬に触れる。

いやに現実的なぬくもりを感じていた自分自身に、がっかりしてしまう。
だが同時に、椿たちのむごい様を思いだし、これが夢であるなら良かったと、咲耶はホッと息をついた。

そんな咲耶の様子をじっと見つめていた和彰が、口を開く。

「お前の夢だが、私は私だ。“魂駆(たまが)け”で、お前の元にやって来た」

自らの頬にある咲耶の指先を軽く握って言う和彰に、咲耶は疑問に思い訊き返す。

「“魂駆け”って……なに?」
「肉体という器のしがらみから離れ、魂だけの存在となり別の場所へ行くことだ。
……お前の(こころ)が、表層よりも深く沈みこんでしまっていたため、来るのが遅れた。すまなかった」

握られた指先に、力がこめられた。
和彰のかすれた声音が言葉以上に悔いているようで、咲耶は笑ってみせる。
< 209 / 451 >

この作品をシェア

pagetop