神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
和彰のように夢のなかに来てもらうのは無理でも、眠っている咲耶の側に来てもらうのは、可能ではないだろうか──?

(何しろ私、寝言は大得意だし)

変な特技に失笑してから、咲耶は大きく息を吸った。思いきり、声を張りあげる。

「犬貴ーっ! 犬朗ーっ! 私、ここにいるよーっ!」

咲耶は何度も何度も、“眷属”たちの名前を叫んだ。自分の肉体が、唇が、いままさに、彼らの名を呼んでいることを祈って──。





「……き。けんろぉ……!」

ろれつが回らない自分の舌にいらだちながら、咲耶はようやく夢から()めた。

ハッとして上半身を起こした咲耶は、一瞬、めまいを覚えた。
胸がむかむかとし吐き気をもよおしたが、かろうじて止め辺りに目を配る。

高そうな調度品に囲まれた、座敷の一室。
だが、所々に破れかけた御札のようなものが貼ってあり、室内の雰囲気を異様なものに見せていた。

(なにコレ……)

咲耶は布団の上にいた。
掛け布団に落ちていた紙片を取り上げると、梵字(ぼんじ)のようなものが書かれている。
部屋のあちこちにある御札と同じもののようだ。

「封じ札が破れる気配がしたので来てみれば……お目覚めか、サクヤ姫」

ふいに室内に壮年の男の声が響く。
目を向ければ、障子に手をかけた黒衣の男が、咲耶を注意深く見つめていた。

身構えながら、咲耶は叫ぶ。

「タンタンや転々をどうしたの!? 椿ちゃんは……どこっ!?」
「──ふむ。
(まじない)”の効き目が薄いようだ。もうひと眠りしていただくとしようか」

言いながら(たもと)に手を入れ、男が咲耶に近づいてくる。
咲耶はあわてて立ち上がり、男から遠のこうとしたが、足がもつれていうことをきかなかった。
まろびつつ逃げる咲耶に男の手が伸びて、ふたたび沈丁花の香りが咲耶の鼻をつく。

瞬間、男の手が、見えない何かに弾かれた。

「──汚らわしい手で、この御方に触れるな」
< 213 / 451 >

この作品をシェア

pagetop