神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「好奇心に勝るものより他はないとだけ、答えようではないか。
──ときに、白い“花嫁”殿。我が問いの答えは、いかがか?」

大きな目が、じっと咲耶に据えられる。嫌悪をあらわにした口調で犬貴が言った。

「咲耶様。この男の()れ言など、お聞きになる必要はございません。道幻、貴様は何を企んで──」
「犬貴、待って」

言いかけた犬貴をやんわりと止め、咲耶は和彰から託された言葉を胸に、口を開く。

「『再生』の“神力”も『治癒』の“神力”も、私が和彰から預かっている大切で尊い力です。
私個人が扱うには、大き過ぎて……正直、怖い」
「咲耶様……」

とまどったような犬貴のつぶやきが、咲耶の耳をかすめた。

「だけど、この“神力(ちから)”が私にしか扱えないというのなら、私は、私の考えと判断で『治癒』と『再生』を行っていこうと思います」
「……近しい者の『死』の予感がぬしの考えを改めさせたか」
「いいえ」

薄笑いを浮かべる道幻に、咲耶は強く否定する。

「私は、親しい人だからとか気に入らない人だからという、個人的な理由で判断を下してはいけない存在になってしまったんだって、考えてました。
でも、私が普通の人間で人並みな考えしかもてない以上、公平な判断力なんて、ないんですよね」

苦笑いを浮かべる咲耶に、道幻は目を細める。蔑視(べっし)にもとれる表情だった。

「ならば、時の権力……“治天(ちてん)”や“国司(こくし)”に(おもね)り、『(おおやけ)』の者となるか」
「それも、考えました」

沙雪や虎次郎という“国司”の下で、咲耶にはあずかり知れない“下総ノ国”の民の事情を教わり、従うべきなのかもしれない、と。

政治とは、つまるところ大衆の意をどれだけくみとれるかだと、咲耶は考えるからだ。
彼らに従うことが、すなわち、この国の民の『恵み』になるのではないかと──。

「だけど……それなら、なぜ“神獣”は“花嫁”を選ぶ(・・)のか。自ら『恵み』を与えずに“花嫁”に代わりを行わせるのか」

そして、この世界や国々の内情を知らない者に、あえて“神力”を授けるのはなぜか。
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