神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶は、その問いの明確な答えを、まだ持ち合わせてはいない。しかし──。

「和彰は私に「お前が信じることを為せ」と、言ってくれました。
……難しいことは解らない。傲慢(ごうまん)で、不遜(ふそん)な考え方かもしれない。だけど」

咲耶は大きく息を吸った。自分のなかの迷いを断ち切り、余分な力を抜くように、息をつく。

「私は、自分より力の弱い者や存在を、虐げることをなんとも思わない人や存在が、赦せない。
もし、そういう目に()って理不尽に命を奪われることがあるのなら……私は、私のもつ“神力(ちから)”で、そういう人たちを、助けてあげたい」

白い“(あと)”のある右手の甲を左手でつつみこむ。この“証”がある自らの手でもって、ひとつでも多くの存在(・・)を──。

「椿ちゃんは、どこにいるんですか?」

今度は咲耶が問いかける番だった。
年端もいかない少女に対し、野蛮な行いをなしたのだとしたら。冷静な口調とは裏腹に、咲耶が道幻を見る目に力がこもる。

くつくつと、ふたたび道幻はのどを鳴らした。

「当代の白い“花嫁”殿の返答、しかと受け取った。……答えの行く末は、己が力で導かれたらよろしかろう」

言うなり、ばっ……と、衣のそでをひるがえし、片腕があらわになった道幻の手指が、奇妙な形に組まれる。

「……のうまく・さんまんだ・ばざらだん・かん……」

ボウッと、(ほむら)が道幻の身をつつむように、立ちのぼる。漏れ聞こえた言霊に、犬朗と犬貴が同時に反応した。

真言(しんごん)……!?」
「待て、道幻!!」

びゅうっ、という風きり音が咲耶の耳に届くや否や、道幻が背にしていた障子が斜めに裂ける。

つい今しがたまであった黒衣の男の姿は、(こつ)然と消え去っていた……。



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