神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「失礼、咲耶様」

短く許しを()うた犬貴の片腕が、咲耶の腰をさらう。
ふわっと抱え上げられた咲耶は、黒虎毛の犬のもう一方の前足が、素早く空を切る様を見た。

旋風(せんぷう)撃破(げきは)ッ!」

咲耶を片腕で抱いたまま宙に浮かせ、犬貴はその場で身体を半回転させる。
つむじ風が地を()い、命をもった独楽(こま)のように異形のモノに向かう。
すとん、と、咲耶が地に足を着いた時には、石つぶてとなり粉々に散っていた。

閃光弾(せんこうだん)ッ」

赤虎毛の犬の左前足から繰りだされる無数の火花が、逆方向からの襲い手を打ち砕く。
地中から現れた十数の餓鬼を、“眷属”である甲斐犬たちは、いともたやすく撃退したかに思えた。

──が。

「おい……まさか、延々出てくるとか、言わねぇよな……?」

土人形のように崩れた山から、ふたたび地獄の亡者を模したモノが、這い出てきた。

犬朗のうんざりとしたような嘆き声に、犬貴が鋭い声でぴしゃりと応じる。

「つべこべ言わずに排除しろ! これしきのことでぼやくな、駄犬がっ」
「……へいへい、しっかり働かせていただきますよ。犬貴、サ・マっ」

言って、振り向き様、隻眼の虎毛犬の後ろ足が、餓鬼の頭に打ち下ろされる。続いて別の一体を、今度は前足の拳が叩きつぶした。

真空(しんくう)裂破(れっぱ)!」

犬朗とのやり取りのなか、咲耶たちの近距離にあった餓鬼を、犬貴の“術”が砕く。
“主”を片腕に抱き、災いから遠ざける生真面目な犬に対し、咲耶は思わず言った。

「ねぇ、犬貴。私の“影”に入ったほうが、楽なんじゃない?」

咲耶を護りながらの攻撃は、犬貴には悪いが、効率が良いとは思えない。
咲耶の“影”にあっても“術”使用が可能なはずの高度な力をもつ“眷属”だ。
その考えが及ばないはずがないのだが──。

「あ~、残念だけどな、咲耶サマ。
できたらそうしてぇはずなんだよ、こいつも」

咲耶を挟んで、犬貴と背中合わせになっていた犬朗が、苦笑ぎみに応じる。

「けどよ、いまの咲耶サマの“影”に、俺らは入れねぇんだ」
「どうして?」
「……咲耶様の御魂(みたま)が、現在はハク様のお力によって、護られているからでございます」
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