神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《三》犬貴と、お呼びください。

赤虎の屋敷へ行く、辺りを草木に囲まれた道中。咲耶は、隣を歩く【青年】に目をやった。

(なんていうか……シュールだけど、ちょっと……いや、かなり格好良いかも……)

法被を着たニホンザルに続いて咲耶の前に現れたのは、白い水干を身にまとった、二足歩行をする黒虎毛の甲斐(かい)犬だった。

精悍(せいかん)な顔つきで人語を話す──ハクコの“眷属”らしい。咲耶の護衛を兼ねて、道案内をしてくれている。

「あの~……私、あなたのことをなんて呼べばいいんですかね?」

椿から道順だけを聞いて、一人で赤虎の屋敷へ向かおうとしたとたん、縁の下から現れた存在。

猿助のこともあったので、驚きは半減だったが、それでも『犬の顔』で言語を操られるのは、違和感をぬぐえない。
……ぬぐえないが、同時に、昔読んだ童話やおとぎ話を【現実で体感している】ような、妙な感動を覚えるのも確かだった。

堂々とした歩行を見せていた犬の“眷属”は、咲耶の問いかけにピタリと足を止めた。その反応に、ハクコとの最初の頃の会話を、思いだしてしまう。

(あ! この【人】も、ひょっとしたら名無しのゴンベエだったりするのかな?)

一瞬、
「じゃあ、ゴンベエさんでもいいですか?」
などという、間抜けな返しを考えた咲耶だが、直後に、そんな考えをあっさりと否定された。

「──犬貴(いぬき)と、お呼びください」

その場で身をかがめた黒い甲斐犬が、地面に前足の爪で『犬貴』と書いた。

「へぇ、いい名前ですね。犬貴……名は体を表すってカンジで」

思わず感心してしまった咲耶を見上げ、犬貴が、ふっと笑うような気配をみせる。

「ありがとうございます。この名は、ハク様に戴きました。
私も、良き名を戴いたと思っておりますが、肝心のハク様に御名(みな)がおありにならない……
いえ、咲耶様が居られるわけですから、すでに【御名はおありになる】のでしょうが」

犬貴に指摘され、咲耶は朝食時を思いだす。

「口にだしてはならない」のなら、念じて伝えろという高度なことを求められているのか。
無茶なことをいう……と思いつつ、試しにやってみたのだが、
「何だ。朝餉が足りぬなら、私でなく椿に言え」
と、ハクコから大食らいの烙印を押される始末だった。
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