神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……つぅか、気づいてるだろ、お前も」

餓鬼らが石の山から顔をのぞかせるのを見ながら、独りごとのように犬朗が口を開く。

「あぁ。──我らの目をかすめて動いているようだがな」

犬朗を見ずに犬貴が応じた。その視線の先は犬朗とは違い、咲耶たちのいる場所から離れた、岩山の一点を見据えている。

「ま、弱っちぃ力(・・・・・)しか感じねぇから、お互い放っておいちまったけど、な」

犬朗の左前足が器用に開かれて、バチッ……という小さな音と共に、その上で火花が散った。
そのまま、ぶん、と、横投げの動作をする。

赤虎毛の犬の手元から放たれた雷光を思わす鎖が、岩山の陰へと真っすぐに向かう。
直後、釣り糸を引くような仕草をした犬朗の腕のなかへ、光の鎖に包まれた小さなモノが飛びこんできた。

「……おっと。こいつが、首謀者か?」
「表向きはな。利用するつもりが、利用されたのだろう」

髪の抜け落ちた頭部に、ひょろひょろの体つき。腹だけ膨らんでいる姿は、咲耶たちを襲った餓鬼共と同じ。
違うのは、大きさだけだった。

犬朗の指先につままれた状態で咲耶たちを見回す瞳におびえた色が走る。

「ひねり潰しちまうか」
「いや、ここから抜け出す方法を訊く──身体にな」

冗談にも本気にもとれる赤い甲斐犬の言葉に、戯れでない直球の返答をする黒い甲斐犬。
咲耶は、あわてて“眷属”たちの暴挙を止める。

「ダメ! そんなカッコ悪いことしちゃ!」
「カッコ悪いって、咲耶サマ……──て、おい!」

軽く傷ついたような仕草をする犬朗から小餓鬼を取り上げようとした咲耶に、今度は隻眼の虎毛犬が目をむいた。

「旦那の加護があるからって、うかつに手ぇ出さないでくれよ」

ひょいと、咲耶の手の届かない位置に小さな餓鬼を持ち上げる。すると、拍子に背中が見えた。

「それ……なに?」

餓鬼のやせこけた背に、何か文字が浮かんでいる。梵字だ。
いままさに刃物で切り刻まれたかのように、数秒間、浮かび上がり消えた。

「おそらく道幻の“呪”でしょう。奴めが仕掛けたものかと」
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