神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
現れては消え、消えては現れる。延々と傷を負わせ苦しめることを目的とするかのようだ。
「おいこら、やめろって──」
犬朗の制止を振り切り、咲耶は飛び上がって腕を伸ばす。小さな餓鬼を手の内に入れた。
(延々と傷つけるだなんて……!)
怒りの衝動は、咲耶に軽率ともいえる行いをとらせた。傷ついた背中に右手をあてがい、“神力”を発動する。
繰り返された梵字を刻む現象が止まった。咲耶を仰向いた餓鬼の目に、涙が浮かぶ。
次の瞬間。
ボッ……と、手のなかの餓鬼の身体が燃え上がった。驚いて、咲耶は小さな悲鳴をあげる。
「咲耶サマッ」
「咲耶様!」
犬朗の前足が餓鬼をつかみかけるのと、犬貴が咲耶を自らに引き寄せるのが同時だった。
『強欲なる者よ、餓鬼道に堕ちるがいい──』
餓鬼の背中に触れた右手から、這うように伝わってくる怨嗟の呪縛。
咲耶の心の深部を目指すように近づいたそれは、しかし、たどり着くことなく弾かれる。──他でもない、白い“神獣”の加護によって。
思わず手放した咲耶と手を伸ばしつかみかけた犬朗のあいだで、火の玉のように宙に浮いた餓鬼は別の何かへと形を変えていく。
次いで、玻璃を割ったような高い音が、辺りに大きく響いた。
ぐるん、と、天と地が逆さまになったような、奇妙で不快な感覚が咲耶を襲う。
甲高く鼓膜に突きささる耳鳴りに堪えかねて、咲耶はギュッと目をつぶった。
「──咲耶様」
落ち着いた響きの呼びかけに、おそるおそる目を開ける。
気づけば、寒空の下。犬貴に抱きしめられ、咲耶はどこかの屋敷の庭にいた。
西洋の龍を思わす置物と、日本庭園の趣き。太鼓橋の下では、丸々とした錦鯉が泳いでいる。
「ここって……」
犬貴の腕のなか、辺りを見渡した咲耶は、見覚えのある景色に愕然とした。
「──おい、ジイさん」
「ひぃっ……!」
不愉快さを前面に出した犬朗に対し、おびえた声を出す初老の男。不恰好な直衣姿に、咲耶の記憶がようやくつながった。
「権ノ介さん、ですよね……?」
「おいこら、やめろって──」
犬朗の制止を振り切り、咲耶は飛び上がって腕を伸ばす。小さな餓鬼を手の内に入れた。
(延々と傷つけるだなんて……!)
怒りの衝動は、咲耶に軽率ともいえる行いをとらせた。傷ついた背中に右手をあてがい、“神力”を発動する。
繰り返された梵字を刻む現象が止まった。咲耶を仰向いた餓鬼の目に、涙が浮かぶ。
次の瞬間。
ボッ……と、手のなかの餓鬼の身体が燃え上がった。驚いて、咲耶は小さな悲鳴をあげる。
「咲耶サマッ」
「咲耶様!」
犬朗の前足が餓鬼をつかみかけるのと、犬貴が咲耶を自らに引き寄せるのが同時だった。
『強欲なる者よ、餓鬼道に堕ちるがいい──』
餓鬼の背中に触れた右手から、這うように伝わってくる怨嗟の呪縛。
咲耶の心の深部を目指すように近づいたそれは、しかし、たどり着くことなく弾かれる。──他でもない、白い“神獣”の加護によって。
思わず手放した咲耶と手を伸ばしつかみかけた犬朗のあいだで、火の玉のように宙に浮いた餓鬼は別の何かへと形を変えていく。
次いで、玻璃を割ったような高い音が、辺りに大きく響いた。
ぐるん、と、天と地が逆さまになったような、奇妙で不快な感覚が咲耶を襲う。
甲高く鼓膜に突きささる耳鳴りに堪えかねて、咲耶はギュッと目をつぶった。
「──咲耶様」
落ち着いた響きの呼びかけに、おそるおそる目を開ける。
気づけば、寒空の下。犬貴に抱きしめられ、咲耶はどこかの屋敷の庭にいた。
西洋の龍を思わす置物と、日本庭園の趣き。太鼓橋の下では、丸々とした錦鯉が泳いでいる。
「ここって……」
犬貴の腕のなか、辺りを見渡した咲耶は、見覚えのある景色に愕然とした。
「──おい、ジイさん」
「ひぃっ……!」
不愉快さを前面に出した犬朗に対し、おびえた声を出す初老の男。不恰好な直衣姿に、咲耶の記憶がようやくつながった。
「権ノ介さん、ですよね……?」