神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《四》道幻の目的

咲耶から受けた『恩』のためか。はたまた、風と雷を操る“眷属”たちの迫力に()されたのか──十中八九、後者だろうが。

土倉(どそう)”という高利貸し業者である権ノ介は、あっけなく椿の居所を吐いた。

「咲耶様、足もとにお気をつけて」

漆喰(しっくい)で塗り固められた壁の、大きな蔵の奥。
地下にある隠し部屋につながる床の扉を開け、犬貴が咲耶を導く。そして、犬朗がそのあとに続いた。

(かび)臭さが鼻につくなか、ゆるやかな石段を降りて行く。狭い通路は、咲耶以外は頭がつかえる高さだ。
犬貴が手にした燭台(しょくだい)の灯りが、わずかに小さくなった。

「あのジイさん、嫌な目つきしてやがると思ったけど、まさかこんな馬鹿げたことを考えていたとはな」

大きな身体を窮屈そうに縮めながら、犬朗が鼻にしわを寄せる。

権ノ介は、咲耶の“神力”を独占しようと企み、増益(ぞうやく)護摩(ごま)を頼んだ僧・道幻に話を持ちかけたらしい。
誘いにのったかに見えた道幻だが、結果をみれば別の思惑があったのだと分かる。

「道幻は、何がしたかったんだろ……」

誰に訊くともなく口にした咲耶に対し、犬貴の背が震え反応したようにも見えたが、何も語らなかった。
代わりに、背後で犬朗が応える。

「さぁな。金じゃねぇだなんて(うそぶ)いてはいたけどよ。存外ただのカッコつけで、金に困ってたかもしれねぇしな」

金銭目的だとすれば、咲耶の拉致(らち)を請け負ったことも合点はいく。
しかし、禅問答のような会話を交わした咲耶には、道幻の狙いが他にあったように思えてならなかった。

「──咲耶様。着いたようです」

犬貴の声と手燭(てしょく)の灯りが照らす先、観音開きの扉が見えた。なかへ入るための錠は、犬貴が持っている。

「道幻の奴めが何か罠を仕掛けていないとは限りません。まずは私がなかに入り、様子を見て参ります」
「……分かった。お願い」
< 223 / 451 >

この作品をシェア

pagetop