神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
一瞬ためらったが、咲耶は自分が出しゃばることで、かえって“眷属”たちの負担が増えることをおそれ、犬貴の言葉に従った。

手燭を渡しながら犬貴は犬朗と無言で目を見交わし、うなずいた犬朗が咲耶をかばうように片腕に抱く。

キィ……という()びた金具がきしむ音を立て、扉が開かれた。

隠し部屋へと足を踏み入れる犬貴の後ろ姿を見ながら、言い様のない不安に駆られた咲耶は、犬朗の(あわせ)を片手でつかむ。

「どした? 咲耶サマ」

軽い口調ながらも、赤い甲斐犬のかすれた声音には、いたわるような優しさが含まれていた。
うながされるまま、咲耶は自らの胸の内を吐露する。

「あのね、犬朗。和彰は椿ちゃんのこと……私の近くに『いる』って言わずに『()る』って、言ったの。それって……」

続きを言いよどむ咲耶に対し、犬朗の深い色合いの隻眼がじっと向けられる。

「俺は咲耶サマじゃねぇからナンの決定権もねぇけどな。
“花子”は“眷属”とは違う。人間(ひと)だ。……『人を助けること』を、俺は止めたりはしねぇよ?」

ぽん、と。咲耶の頭の上に、赤虎毛の犬の前足が置かれた。咲耶は、袷をつかむ指に力を入れ、うつむく。

「うん。……ありがと」

未だ心の片隅では、迷う気持ちがある咲耶の背を押す、犬朗の言葉。咲耶は肩の力を抜くように、大きく息をついた。
ややして、闇のなかで白く浮かび上がる絹衣を着た“眷属”が、扉の向こうから戻ってきた。

「──……咲耶様」

ためらいがちに呼びかけてくる犬貴に、自分の予感が的中したことを知る。あえてそれを尋ねずに、別の質問をした。

「入っても、大丈夫そう?」
「……はい」

心配していた罠はない。しかし、咲耶の心を乱す現実があるのだと、犬貴の静かな声が、触れずにいた問いの答えとなり返る。
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