神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(ああ……!)

確信を得てしまったことにより、咲耶の呼吸は速まり、視界がにじむ。目の前にいる黒い虎毛犬の姿が、ゆがんで見えた。
それでも前に進むため、咲耶は強くまばたきをする。

室内へと踏み出した咲耶の視界を照らそうと、犬朗が掲げた灯りが見せたものは。──横たわる、“花子”の少女の姿だった……。





悪夢のなかで見たむごい有様ではなく、眠っているようにも見える姿。
だが、寝息も聞こえず、呼吸のために体が上下することもない。

「椿ちゃん……?」

名前を呼んで頬に触れれば、信じられないほどに冷たい。やわらかさを期待した指先には、硬い感触しかなかった。
暗闇のなかで咲耶たちの到着を物いわぬ姿で待っていた(・・・・・・・・・・・)少女──。

咲耶は、目を閉じた。想像していた現実のはずなのに、打ちのめされている自分がいた。

おもむろにまぶたを上げ、右手にある白い“痕”を確認する。
脱力感に襲われた自分を奮い立たせるように、自らの頬を両手で打った。
静まり返った室内に、ぱん、と、乾いた音が鳴り響く。

「さ、咲耶様……!?」

“主”の突然の振る舞いに、ぎょっとしたような声が後ろでした。痛む頬で笑みをつくり、咲耶はもう一度、少女に呼びかける。

「待たせてごめんね、椿ちゃん。お願い──還ってきて(・・・・・)

死びとの装束を着せられた、椿の左胸に右手を伸ばす。
熱を帯びた手の甲の“(あかし)”は、まっすぐに少女の身体へと、命の灯火ともいえる熱い光を送りこんだ。
徐々にやわらかさを取り戻す身が、水を吸い込むように生命の滴を受け入れ、愛らしい彩りが頬に戻ってくる。

びくんっ、と。咲耶の右手に身体全体が弾む大きな手応えが伝わった。直後、伏せられた長いまつげが、震える。

「……姫、さま……?」

数度のまばたきののち、無理やりのように出された声は、とまどいと驚きを表わしていた。
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